Before dawn〜夜明け前〜
A組の教室には、既に生徒が集まっていた。
みんな、新しい高校生活への期待に胸を膨らませている。


「青山さん。
ずっと1人だったよね?親は?」

いぶきの隣の席。
目力鋭い、坊主頭の男の子が話しかけてきた。

「いない」

「俺も。
だから、校門入ってからずっと1人だった青山さんが目についてさ。
たかが入学式にみんな浮かれやがって。

あ、俺、黒川数馬(くろかわ かずま)。
よろしく」

いぶきは小さくうなづくだけで、それ以上何も言わない。

「バカ、黒川、青山に話しかけるなよ。
あいつ、同じ中学だったんだけど、何考えてるかわかんなくてさ、笑ったとこも、怒ったとこも見たこと無いんだぜ。
頭はとびきりいいけど気持ち悪い女なんだ」

同級生の、そんな声にもいぶきは動じない。

『親しい友人を作ってはならない。
決して風祭英作の愛人の子だと、知られてはならない。
万が一の時は、即退学』

それが、いぶきに課せられた、最大の約束事。
周りがどう言おうと構いはしない。
どうせ、すぐにいぶきのことなんて関心がなくなるから。

箝口令が敷かれている教師らも、いぶきの事には干渉しない。
だから、さっきの教頭の態度もよくわかる。危うきものに近づかない。

いぶきは、ずっとこうして生きてきた。
感情を表に出すことも、何かを求めることも、全て押し殺して生きてきた。

きっと、それは、これからもずっと続く、はず。

「へぇ、おもしれぇ。
いいじゃん、頭いいんだろ?
それだけで全部オッケーじゃん」

黒川はそう言って、ニヤリと笑った。
切れそうなほど鋭い眼差しで、いぶきを見る。

「俺、塾とか行ってないからさー。
隣の席のよしみで、わかんないとこ教えてよ。
よろしく、青山さん」


ーーあぁ、こういうタイプか。うっとおしい。

無視されても気にせず、独りぼっちのいぶきを可哀想だと近づいてくるタイプ。

だが、それも、最初だけだ。
そのうち、近づいても無駄だとわかって離れていく。

だから、いぶきは気にしないことにした。



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