Before dawn〜夜明け前〜
「さてと、拓人」

眠るいぶきのそばで、黒川が抑えた声で話しかけた。

「俺はもう、許せない。
こんな傷を負わなきゃならないほど、青山さんが何したっていうんだよ。

助けてあげたいけど、助け出した後、どうすりゃいいんだ?
俺はただのヤクザだ。
俺が助けても、青山さんをヤクザの情婦にするしか出来ねぇよ。

分かるよな。拓人」

黒川の切れ長の目が、拓人を刺すように見る。

「…俺にやれって言いたいんだろ。

俺だって同じだろう。
助けたところで、どうしたらいいんだ。
一条で働かせるのか?それじゃ今と変わらない。

居候させるって言っても、父は認めないよ。
一条の利益にならないものは、何も認めない冷血漢だ」

普段なら、その場その場で的確な判断をし、タイミングよく行動を起こす。拓人に任せておけば、何でも大丈夫なはずだった。

それに、拓人は自分が認めた人間以外は平気で切り捨てることができる。
代わりはいくらでもいる、と。

その拓人が、これほど悩み、足踏みする。
それは、彼女のことを本気で心配しているから。
彼女が拓人にとって代わりのいない存在だから。



「拓人は、いつも沈着冷静で、熟慮してから行動を起こすよな。
それは、お前のような立場の人間なら、当然だ。

でもさ、たまには自分の感情を最優先させてもいいんじゃね?
理由は後からどうにでもなる。
親父さんが認めざるをえないよう、青山さんを一条の利益になるようにすればいいんだろ?
青山さんは、まだ高校生だ。何にでもなれる。大丈夫だ。


お前、青山さんを助けたいだろ?
このまま、みすみす鬼畜な親父に滅茶苦茶にされていいのかよ?」

そう言って、黒川は拓人の手をぎゅっと握った。

「この手で、闇から救いあげてやれ。
お前には、それが出来る」


「黒川…」


「それとも、ヤクザの姐さんにするか。
俺、今22歳。7歳差か。悪くない。
そしたら、オレ、高校は辞めて若頭補佐に専念するわ。

溺愛して、目一杯贅沢させて、辛かった事なんか全部忘れさせてやる」


黒川は、小さく笑って、眠るいぶきを見た。


「でも、多分、青山さんは俺を選ばない。

わかってるだろ、拓人。
彼女はお前側の人間だ。
闇の中でいつまでも生きていくには、勿体ない。

何しろ、お前が認めた女だからな」

黒川は、ポンと拓人の肩をたたくと生徒会室を出て行った。



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