Before dawn〜夜明け前〜
「黒川なら、お前を幸せに出来るかもな。
溺愛して、贅沢させてくれるって。
それも悪くない」
1人、拓人は眠るいぶきを見つめながら呟いた。
「…私は、守られたいわけじゃない。
溺愛?
そんなもの、相手をダメにするだけよ」
いぶきがゆっくりとまぶたを開ける。
「何だ、聞いてたのか」
「黒川くんの声が遠くに聞こえてた。
22歳って年齢に、びっくりした。
ずいぶん大人っぽいと思ってたけど、本当の大人だったのね」
「アハハ。アイツは苦労人だからな。
その分、情に厚くて、しかも強い。
どうだ、いぶき、少しは楽になったか?」
いぶきは、ゆっくりと体を起こす。痛みはだいぶ引いてずいぶん楽になっていた。
「うん。
色々、ありがとう。
でも、もう、いいよ。拓人。
私、もう、いいの。
夜は明けない。
このまま、歩いて行っても、あるのは闇だけ。
期待も希望も何も見えない未来しかないの。
だから、もう、行って?
あなたの優しさ、嬉しかったよ。
私はもう、ここで降りることにしたから」
全てを諦めたいぶきの顔は酷く青ざめていた。
「いぶきっ!」
拓人は、思わずいぶきの手をぎゅっと掴んだ。
「ダメだ、許さない」
いぶきは、拓人が掴んだ自分の手をぼんやりと見つめた。
「私の人生よ。
拓人に許しを請う必要はないわ。
だから、その手を離して」
いぶきのあれほど強い光を放っていた瞳が、死んだように虚ろだ。
『自分の感情を最優先させてもいい。』
黒川の言葉が頭をよぎる。
今、一番の感情。
考えなきゃいけないこと、手を回しておかなきゃならないこと、色々ある。
けれど拓人が今一番に抱える感情。
それは。
ーーいぶきを、闇の中から救ってやりたい