Before dawn〜夜明け前〜
「いぶき。
俺に頼る気はないか。一条の力を持ってすれば、お前の未来を切り開くことだって出来るぞ」
「それは、せっかくの一条の力の無駄遣いよ」
即答だった。
だが、拓人も負けはしない。
「風祭から、解放してやる。
だが、その後の人生は、自分で切り開け。
勉強したければ援助してやるし、住む所をはじめとした暮らしの保証もしてやる。
だが、それは全て、いずれ一条への利に繋がらなければダメだ。
お前の最大の武器は…その頭脳だな」
ふと、頭に浮かんだことを口にする。
「俺、今、色んな事業に携わっているんだけど、しょっちゅう引っかかってくるんだ、法律が。
やりたい事あっても、法との兼ね合いが難しくて。俺は経営に集中したいのに。
だからいぶき、お前の頭、俺の為に使わないか?
お前、弁護士目指さないか?」
「…弁護士?」
「そう。
いぶき、俺の為に生きろよ。
俺がお前を風祭から救ってやる。
そのかわり、お前は俺の側にいて俺と一緒に苦しみながら、弁護士として一条を支えろ。
明けない夜はない。
この手を取れ、いぶき。
お前は、俺の共謀者なんだろう」
「…!?」
闇の中、遠くにひとすじの光が差した気がした。
「明けない夜はない。
拓人の為に生きる…
弁護士になる…
考えたこともなかったけど。
弁護士。
私が生きる、明確な存在理由ね」
いぶきは、拓人の手を握り返した。
いぶきの人生は真っ暗な闇の中。それでももし、わずか針の穴ほどでも希望があれば、しがみついてでも掴んでやる。
ずっとそう思って、生きてきた。
これが、きっと、一瞬差した未来への希望の光。逃せば二度と闇を抜け出せない。
「いいわ。
捨てるつもりだった未来を、拓人にあげる。
なるわよ、弁護士。
一条を支える、最強の弁護士に。
だから。
お願い。この手を差し伸べていて。
私が闇の中でも、迷わないでいられるように。
The darkest hour is just before the dawn.」
(夜明け前が一番暗い)
「あぁ。
お前こそ、離すなよ」
互いの温もりが固く繋いだ手から伝わる。
見つめ合った瞳の奥に、同じ思いを見つけた気がした。
これは、愛じゃない。
恋でもない。
共に運命に立ち向かう運命共同体として、互いに必要な相手なのだと、この時の二人は思っていた…