Before dawn〜夜明け前〜
「なるほどな」

こうして会話をしていても、いぶきの頭の回転の良さがよく分かる。
普通の女子高生とは思えない。

勝周は、大きくうなづいた。

「君は“一条家”のことを、どれくらい知っているかね?」

「古くは藤原家に端をなし、長く公家の家格として頂点にあり、明治維新後は、爵位を叙せられました。

近年、一条実周(さねちか)氏が、実業家として多種多様な企業の設立・経営に関わり、今日|《こんにち》の一条の基盤を作られました。拓人さんの、4代前の、ひいおじい様です。

現在は、日本経済の中枢を担う“一条グループ”として、各方面の企業を束ねており、現当主は勝周様。
奥様で拓人さんの母、静子様は、元男爵家朝野家の長女。3年前に、ガンで他界されています」

まるで立て板に水。
いぶきの口からはスラスラと一条家の概要が流れ、さすがの拓人も舌を巻く。

「そこまで知っているのなら、分かっているだろうね。拓人の側にいるということが、どういうことなのかを。

君の出生からすれば、どう足掻いても『愛人』どまりだ。君の母と同じ道をたどる、というならば、拓人との付き合いを黙認するが」

勝周の言葉が刃のようにいぶきの胸を突き刺す。

愛人。
その立場のことは、痛いほどわかっている。
愛人の立場なら、今と変わらず闇の人生だ。

「父さん、それは…」

「拓人は、黙っていなさい」

たまりかねて口を挟もうとした拓人を一蹴し、勝周はいぶきの言葉を待つ。


「お断りします」


いぶきは、即答だった。拓人がビックリして目を見開くほどに、はっきりと答えた。


「ほう、愛人の立場では嫌だと?
君は、一条に守られたいのだろう?
一条の地位や金目当てで拓人に近づいた。
君の出生を知れば誰もがそう思う。

違うかね?」

「私は取り立てて美人ではありません。
体だって、特別な閨房術を持ち合わせているわけでもない。
愛人などという立場では、すぐに拓人さんは私に飽きるでしょう。
捨てられるつらさ。必要とされないつらさ。
あの辛さを味わうならば、私は今のまま、風祭に飼い殺されたまま、ただ生きているだけの人生を選びます」

いぶきはそういうと、ちらりと拓人を見た。拓人は、ただ、父といぶきのやり取りを息を詰めて見つめていた。

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