Before dawn〜夜明け前〜
「…いや…それは…」

「認知などしていなくとも、その事実はスキャンダルとして重くのしかかる。命とりになりかねない」

勝周は、ここぞとばかりに責める。
英作は追い詰められて青ざめ、冷や汗すらかいていた。

「そこで。
今日の、風祭さんへのご提案というのが、その子、青山いぶきさんの身柄を我が一条家で預かりましょうという、提案なんですよ」

「…えっ??」

英作からすれば、思いもしなかった提案だった。

「私もね、地元から大臣が出て欲しいのですよ。
その為なら協力は惜しまないつもりです」

英作は妻早苗の顔を見る。早苗は、彼の耳元でささやいた。

「あの厄介者、どうしたものかと思っていたわ。一条さんのところで引き取ってくれて、しかも大臣にもなれるなら、万々歳ですよ。
家政婦ならもっと仕事ができる人を雇えばいいんです。多少お金はかかっても、こんないい話はありませんよ」

早苗の言葉に小さくうなづき、英作は口を開いた。

「…そこまでしていただけるとは、感激です。
あのような、非嫡出子を一条家で、どうなさるおつもりですか?
たとえ使用人でも、お役に立てるとは到底思えません」

英作の口から飛び出した言葉に勝周は心の中てほくそ笑んだ。


やはり、この男は、“青山いぶき”の本当の価値に気づいていない。
所詮、その程度の男よ。

「彼女の処遇については、こちらにお任せ下さい。それとも、彼女について今後の報告を希望しますか?」

「いや、結構です。引き取っていただけるなら、煮るなり焼くなり、一条会長の好きになさって下さい」

勝周は口元をゆがませた。それから秘書を呼ぶと二、三言伝える。

秘書は無言で頷き風祭に伝えた。

「手続きは、こちらでやります。
彼女の荷物も、こちらで処分します。今夜中に風祭家には、“青山いぶき”さんの存在の全てが抹消される。その痕跡は、髪の毛1本に至るまで消されるでしょう。

よろしいですね?」

秘書の言葉に英作はただポカンとして、うなづくしかできない。

勝周は、拓人を見た。
拓人は父に小さく頭を下げ、傍のいぶきも丁寧にお辞儀をする。


完全勝利だった。

風祭は、つまらないほど、手ごたえのない相手。
先程のいぶきとのやり取りのほうが、よほど魂が震えるほど興奮した。


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