Before dawn〜夜明け前〜
銀座。

「Giselle」は古くからこの地で店を構える、高級クラブだ。

拓人は、そのクラブの入り口ではなく、裏の通用口から勝手知ったるように入った。



「あぁ、一条の御曹司!
よかった、来てくれたんだね」

通用口の先とはいえ、従業員の控え室などではなく、キチンとした応接室のような部屋。
年配の美しい女性が、憮然とした様子の丹下と共ソファに座って待っていた。


「先輩?
家になら帰りませんよ!」

「丹下のボンはさっきからこればかりで」

女性は、困ったように肩をすくめる。

「ルリママ、迷惑かけてすみません。

丹下、とりあえずうちに来い。明日、うちから学校行けばいいから」

拓人が丹下の腕を掴む。

「もう先輩のところは無理でしょ?青山だっているし」

「私はソファで寝たっていいのよ。居候だし。
丹下くん、心配しないで」

いぶきも丹下に歩み寄った。


その時だった。


「あら、御曹司が女連れなんて、珍しいじゃないの…?」

ルリママ、と呼ばれた女性がいぶきに気づいた。
いぶきの顔を興味深そうに覗きこんで、それから、ハッと息をのむ。

「……アキナ?」

「えっ??」

ルリママがまるで幽霊を見たかの様に、みるみる青ざめる。

彼女が口にした“アキナ”は、いぶきの母の源氏名だ。

「いえ、そんなはずないわね。
あぁ、びっくりした。私の若い時の友人によく似ていたから。
御曹司のお連れの方に失礼をしました」


「私の産みの母は、17年前までこの銀座で“アキナ”という源氏名を使ってホステスをしていた、“青山フキ”と言います。
…もしかしたら、そのご友人って…」

みるみるルリママの瞳に涙がにじむ。

まさか、丹下を迎えに来て、亡き母の友人に会えるなんて、思いもしなかった。
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