Before dawn〜夜明け前〜
いぶきと拓人、それに丹下も、ルリママの向かいのソファにとりあえず腰を下ろした。


「…まさか、アキナの娘に会えるなんてね。
ホント、アキナの若い頃にそっくり」

ルリママは、いぶきを穴が開くかと思うほど見つめた。

「まさか、一条の御曹司の連れだなんてね。驚いたわ。
てっきり風祭の御令嬢として、何不自由なく暮らしていると思っていたから」

「風祭の令嬢?
ルリママ、何を言ってるんだ?
いぶきは、ずっと風祭で使用人として家畜のような扱いを受けていたんだ。

…何か、知っているなら、教えてほしい。

今、いぶきは一条で面倒を見てる。
いぶきの母親については、一条でも調べたが死因すら詳しいことはわからなかった」

拓人はちらりといぶきに目をやる。
いぶきは、コクンとうなづいた。

いぶきは、母についてほとんど何も知らない。
風祭でも母のことは、『妻子持ちの男の子供を産んで、家庭を乱した不実な女』としか言われなかった。

「ルリママさん、母の事、知っているなら何でもいいので教えて下さい」

ルリママは、タバコを一本くわえ、火をつけた。

「アキナは、最高のライバルで、親友だった。店のNo. 1をいつも競ってさぁ。懐かしいねぇ。

あたしは惚れっぽい性格で、よく客とイイ仲になっては捨てられる、を繰り返してたけど、アキナは正反対。いつもクールでさ。とびっきり美人で器量もいいのに、どこか冷めてる。そんなコだったよ」

いぶきにとって、今まで“銀座のホステスだった”というだけの母の姿が急に現実を帯びる。


「そんなアキナが客の一人に気に入られてねぇ。
男気があって、金まわりもいい。
歳はちょっと上だったけど、渋くてダンディな人だった。あの目に見つめられたら、どんな女でもイチコロさ。
流石のアキナも、その男気に惚れたんだねぇ。

その男と一緒に暮らしてた」

ルリママが紫煙をふうっと吐き出す。

いぶきは、体の震えを感じた。
見たことない母の姿が、みるみる“形”になっていく。
思わず震える手を拓人の手に重ねた。
その手を拓人は、包み込むようにぎゅっと握ってくれた。

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