Before dawn〜夜明け前〜
「幸せそうだったよ。あの頃のアキナ。

だけどね、その男とは別れたんだ。男が親の決めた相手と結婚することになったから。

その時のアキナのお腹には、赤ん坊がいた…

アキナ、あたしには妊娠を教えてくれた。
あたし、これでも元看護師だったからさ。
何しろアキナ、病院にも行かなかったの。

あの男の家の事情に巻き込まれたら、病院もアキナの意思なんて関係なく子供を処分しかねないっていうからさぁ」


あれ?といぶきは思う。

アキナが付き合っていた“男”は、風祭英作の事だと思っていた。
だが、風祭はアキナと付き合っている頃にはとっくに妻がいて、玲子だって生まれていたはずだ。

「…ルリママ。
いぶきは、風祭英作の子じゃ、ないのか?」

いぶきと同じ疑問を持った拓人が尋ねた。

「アキナがあの程度の男を本気で相手にするはずないわ。

風祭はね、利用したのよ」

いぶきが体を乗り出す。

「風祭英作が、父じゃない?
誰、なんですか?私の本当の父は。
ルリママさんは、ご存知なんでしょ?」

ルリママは、小さく笑ってタバコの火をもみ消した。

「アキナはね、いぶきちゃん、あなたを守って死んだの。
だから、私の口からはこれ以上言えないわ」

「…え?…私を守って、死んだ?」

いぶきは、耳を疑う。
聞いた事が何もかも驚きで、体の震えが止まらない。

「いぶきちゃん、顔をよく見せて。

…うん。やっぱり若い頃のアキナによく似てる。

でも、その目。

その目はあの男の目ね。
人を威圧するような、引き込まれるほど強い目力は、あの男のものよ」

「誰なんだよ、ルリママ。教えてやれよ。
本当の父親がいるなら、青山だって知りたいだろ?」

黙って聞いていた丹下が、イラついたようにルリママに詰め寄る。

だが、ルリママは、首を横に振った。

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