Before dawn〜夜明け前〜
「ん?黒川とも知り合いなのか。
ボン、大丈夫なのか?」

「あぁ、大丈夫です。
彼女は、一条の者ですから」

“一条の者”。いぶきのことを尋ねられると、拓人はいつもそう答える。それだけで、相手は納得するのだから、やはり、一条の名はすごい。

「そうかい。
お嬢さん、ヤクザ者だが、黒川のこと、よろしく頼みますよ」


その時、初めていぶきは、男を見た。


そこに居るだけで、強い威圧感を感じる。
一条勝周とは、また違ったカリスマ性。

着流し姿も粋な、彼の目がいぶきを見ていた。

淡い色味の瞳が、まるで、幽霊でも見ているように驚愕していく。


「…アキナ…?」


1日にこれほど母の名を他人が口にしたことはない。この男もまた、母を知っているようだ。

男の手が震えながらいぶきの手首を掴んだ。

その時。

いぶきの体にまるで電気が走ったような衝撃が起きていた。
全身を作る細胞の一つ一つさえざわつく感覚。こんな事は生まれて初めてだ。
目の前の男から、目が離せない。


「おい!ルリママ!」

桜木の呼びかけに、ルリママが飛んでくる。
そこにいたいぶきと、桜木の尋常じゃない様子に、ルリママは一つため息をついた。

「組長さん、奥の部屋に。
一条の御曹司も。彼女、連れて来て」

いぶきは、足がおぼつかず、拓人に抱きかかえられるように、先程の応接室に戻った。

そこには、両脇を黒服の男に、挟まれた丹下がいた。

「あれ?桜木組長?お久しぶりです。
一条先輩、何かあったんですか?」

「おや、丹下のとこのガキンチョか?
お前までいたのか。
ガキは家に帰って寝る時間だぞ」

桜木から見れば、拓人は“一条のボンボン”、丹下に至っては、ガキンチョ扱い。
普段なら2人とも怒りそうなものだが、相手が桜木だと、“ボン”、“ガキンチョ”と呼ばれることもうれしそうだ。
何しろ、桜木は、彼に存在を認めて貰えることだけでもステータスになるくらいの相手なのだ。


「丹下、ちょっと込み入った話になりそうだ。
お前、先に帰ってろ」

桜木、一条、そしていぶきと、3人のただならぬ様子に、丹下は思わず息をのんだ。

自分はここに居てはいけない。

丹下は、即座にそう察して立ち上がる。

「わかりました。
今日は、帰ります。あ、大丈夫です、ちゃんと明日は学校行きますから。
じゃ!」

丹下が部屋を出るのと、ルリママが3人分のお茶を持ってきたのとが同時だった。

黒服のスタッフも部屋を出たので、応接室にはルリママ、拓人、それにいぶきと桜木だけになる。

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