Before dawn〜夜明け前〜
桜木の目が、いぶき一人を見つめている。
たぶん、いぶきの向こうに、“アキナ”の面影を見つけているのだろう。
「お嬢さん、もしや、十六歳かい?」
いぶきは、小さくうなづく。
桜木の声を聞いたのは初めてのはずだ。
それなのに、どこか懐かしい気分になる。
「名前は、『いぶき』」
いぶきは、目を大きく見開いて、うなづくことさえ忘れてしまった。
「俺が付けたんだ。
俺の名前は桜木一樹。
そして、アキナの本名青山フキ。
いつきとフキから取った。
いぶき。
人生でたった一人、自分の娘に付けた名前だ」
拓人は、気づいた。
いつも強い力で見つめるいぶきの淡い色味の目。
強い意志を持ち、見るものを惹きつける目。
人を束ねるような、権力者の持つ目力。
あれは、桜木と同じ目だ、と。
「だが、アキナといぶきは、死んだはずだ。
組の抗争に巻き込まれる形で。
でも、俺は警察に捕まっていたから二人の亡骸は確認しちゃいねえ。
ルリママ、こりゃ、どういう事なんだ。
先代の仕業か?
先代なら、もういねぇ。
知ってるなら、気兼ねなく話してくれ」
ルリママは、再びタバコに火をつけて、一口だけ煙を吸い込むと、すぐにタバコの火を消した。
「真実を、知りたいかい、いぶきちゃん。
いぶきちゃんが幸せに暮らしているなら。
今のまま、御曹司との生活を望むなら、知らない方がいいかもしれないよ」
いぶきは、隣にいる拓人を見た。
拓人は、震えるいぶきの体を支えていてくれる。
「ずっと、いぶきが知りたがっていた、真実だ」
いぶきは、コクンとうなづく。
「頭で理解する前に、さっき、腕を掴まれた時に分かってしまった。
体中の血が、この体を作る細胞の一つ一つが、ざわついてる。
聞いたこと無いはずの声に懐かしさも感じてる。
だから、教えて下さい」