Before dawn〜夜明け前〜
「…わかった。
あの日、事件のあった日。
あたしが現場に駆けつけた時、アキナは背中を刺されていて辺りは血の海だった。
赤ん坊のいぶきちゃんは、あたしより先にその場にいた先代の桜木組長に抱かれていた。
別れたはずのアキナが息子の子供を産んでいたこと、先代は薄々気づいていたのね。
自分の孫だって言って、大切そうにいぶきちゃんを抱っこしてた」
「俺は、あの時、あの血の海を見て頭がカッとなって、親父に後を任せて飛び出して行った。
あの時、赤ん坊は生きていたんか。声もしなかったから、俺はてっきり…」
桜木は、額に手を当て、当時の様子を振り返る。
アキナはどう見ても亡くなっていた。
だが、子供の遺体は確認しなかった。アキナがダメなら当然子供も、と早まった判断をしたのだ。
先代に子供の遺体を見られたところで、全ては終わったこと、怒鳴られるくらいで済むと思っていた。
騒ぎを起こし、しばらく警察でやっかいになった後、戻ってみると全て綺麗に片付いていた。
先代によって、アキナも、いぶきも、事件そのものもすべて跡形もなく消されていた。
「あの頃、ちょうど先代は貴方に跡目を継がせる手はずを整えていた真っ最中だったでしょう?
その足がかりとして他の組のお嬢様との結婚も控えていた。
そんな時にいぶきちゃんが生きていると分かれば、また命を狙われてしまう。
あたしもね、せっかく生き残ったアキナの宝物、血なまぐさいヤクザの世界じゃなくて、普通の暮らしをさせてあげたかった。
だから一芝居打つことに協力したの。
アキナに熱を上げていた風祭。
アイツはゲスな男だった。
アキナにこっそり薬を盛って…ってことがあったのを思い出してね。
実はその時の子供だと、詰め寄ってやったのさ。
そしたらアイツ、DNA鑑定しろって言って来て。そこは、先代が、検体をすり替えてうまくやってくれた。
隠し子の事を世間に公表されたくなければ、いぶきちゃんを風祭のお嬢様として育てなさいと。
もし、養護施設とかに預けたりしたら、薬を盛ってアキナを強引に我が物にした事まで全部バラすって脅した」