Before dawn〜夜明け前〜
ルリママの筋張った手のひらがそっといぶきの頬に触れる。

「ごめんなさい、いぶきちゃん。
あの時は、それしか考えつかなかった。
あたしもその頃は男がいて、あなたを育てる事は出来なかったの。

風祭は代議士で社会的には立派な立場にあった。女の子は嫁がせて系譜を広げるのに一役買うから、邪険にはしないって思ってたけど、やっぱり、ゲスな男は所詮、クズだった。

まさか、使用人にして、家畜のように扱っていただなんて」

ルリママの頬を涙が伝う。



「俺があの時、跡目問題のゴタゴタをうまく回避していたら、死なせずに済んだってずっと後悔していた。
アキナと結婚する決断も、すっぱり分かれる決断も出来なくて、グズグズしていたからなんだ。

ヤクザは、迷ってはいけないんだ。

君の母親を奪ったのは、私の優柔不断のせいだ。
すまなかった」

いぶきは、謝罪の言葉に、小さく首を横に振った。

「私、母のこと何も覚えてないんです。
物心ついた時から、母はいなくて、父と呼べる人も居なくて。
風祭は、『ご主人様』でしたから。

だから、今日、母のことを色々と聞けて嬉しかったです。

ルリママや桜木さんに会えて、良かった。

桜木さん。

今更死んだと思っていた子供が生きていただなんて知ったら、奥様にもご迷惑をおかけしてしまいますから。
だから、もう、これきり。
私の事は忘れて下さい」




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