Before dawn〜夜明け前〜
「オレはとっくに離婚してる。
先代の父が亡くなった後だから、もう10年になるな。彼女は、俺より20歳も下でね。組の若いのとデキちまってよ。
もう、結婚なんぞコリゴリさぁ。

子供もいねぇし、若いのに後を任せて、このまんま、この世に未練なんぞないまま、アキナといぶきのところに行こうって思ってたのさ。

それが…老いて死を待つだけのオレによぉ、まさか、あのちっさかったいぶきが、こんなに綺麗になって現れるなんて。
夢みてぇだ」

桜木は、続けて語る。
アキナをどれほど愛していたかを。
先代の命令で桜木組を守る為、別の組の組長の娘と結婚しなくてはならなくなり、その頃、ちょうどアキナの妊娠がわかったこと。

アキナは子供を守る為に妊娠を隠して、桜木との別れを受け入れた。
そして、人知れずいぶきを出産した。

出産後、ルリママから知らせを受けてアキナと赤ん坊にこっそりと会いに行った。
その時に『いぶき』と名付けたと。

「いぶきを見たら、可愛くて愛おしくて、つい一度が二度、と結局ちょこちょこ会いに行ってしまった。
3人でいる時は本当に幸せでよぉ。ヤクザである事さえ、忘れてしまいそうになった。

でも、結局はそのせいでアキナといぶきの存在がライバル共に知られて、事件が起きた」

桜木は、優しく包み込むようにいぶきを見つめた。

「いぶき。

オレは、カタギじゃねぇ。
こんな男の娘と知られちゃ、一条のボンと付き合っていくことなんざ、出来ねぇだろ。

自分で決めろ。
このまんま一条のボンの側にいてえってんなら、それでいい。
今日の出会いは、忘れろ。

だが、もし、オレの娘になってもいいってんなら、オレは引退する。
失った『親子の時間』ってやつを少しでも取り戻そう」

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