Before dawn〜夜明け前〜
いぶきは、桜木を選んだ。

彼女がずっと“親の愛情”に飢えていたことは知っている。だから、当然の選択だ。



拓人は、無言でテーブルの上の自分の手を見つめている。
表情に感情は読めない。

だが、いぶきにはわかる。

彼が不安と、孤独に押しつぶされそうになっていることを。


「いぶき。


俺は、一人で世界の頂点を目指す。


お前は、桜木さんの娘として生きろ。
もう、風祭や一条の事など忘れて、父親に守られて愛されて、大切にされて生きろ。

お前の人生、これからだ」


拓人の言葉がいぶきの胸を刺す。


いぶきにとって、拓人と生きる未来はどんなことがあっても変わらず目指す夢。

だが。

拓人は、それを望まないと言っている。
いぶきを桜木に託して、一条から切り捨てようとする。

それは、彼の精一杯の強がりなのだ。


「俺はヤクザを引退して、しばらくアメリカに行く。
こっちに居れば色々と厄介だからな。

いぶきも、その方がいいだろう。
向こうの高校に通いながら、弁護士の勉強もできるように環境を整えてやる。

それには少し、準備をする時間が必要だ。
そうだな、ちょうど向こうは9月から学校が始まるから、それに合わせられるようにするか。

準備が出来るまで、ボンのところにいるといい。


ボン、ヤケになるんじゃないぞ。

大丈夫だ、いぶきは、ちゃんとお前さんの元に返す。
元ヤクザの娘だが、お前さんの右腕として世界を相手に戦える最強の弁護士にしておくから。

だから、信じて待ってろ、ボン。
俺がお前さんにいぶきを託す日まで」


桜木は、自分が長くない事をよくわかっている。自分の亡き後、再び一人になるいぶきを任せられるのは一条しかないことも、わかっていた。


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