Before dawn〜夜明け前〜
いぶきに手を引かれながら歩く桜木の姿に、組員たちは目を奪われる。

「お嬢!?オヤジ!?」
「やべぇ、俺、オヤジが羨ましい…」
「俺は、お嬢がうらやましいですっ」
「お前、ソッチかよ!!」

などと、ザワついている。

「お父さん、夕飯、しっかり食べてね。
明日の朝は、検査があるから食べれないから」

いぶきの声に、一瞬ざわつきが消えた。

『お父さん』

その呼びかけにみんな、耳をすましている。


「いぶきもしっかり休みなさい。
と、言っても、無理か。
あとひと月もない。ボンにとっては、一晩だって離していたくないだろうからなぁ。

まぁ若いうちは、多少の無理がきく。大丈夫だろう」

「あら。お父さんにも思い当たる口ぶりね」

「そりゃあ、いぶきがここに居ることが答えってことさ」


二人の会話からぎこちなさが消えている。
いぶきが『お父さん』と呼びかける度に、桜木が嬉しそうにしている。

鬼神、桜木。

周りにそう言われて恐れられている、桜木組組長。情に厚く、不義理は決して許さない。
誰もが憧れる存在。
その桜木が娘に手を引かれながら、笑顔で歩くなんて。

でも、悪くない。

これまで、人生の全てを組の為、組員の為に捧げてきてくれた。

長くはないことは、皆知っている。
最期に娘と過ごしたいと引退を宣言したことに、反対する者は居なかった。


いぶきが黒川の車で帰っていくと、桜木の表情は、いつもの顔に戻る。
桜木組をまとめる、本来の桜木の姿に。


「さて。
オレらの仕事は、これからの時間が本番だ。
テメェら、気合い入れていけ」

桜木の低く迫力がある声に一同の顔が引き締まる。
鬼神、桜木組組長桜木一樹。


彼の第二の人生が、もうすぐ始まる。










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