Before dawn〜夜明け前〜


「ジュンさんは、お父さんとの付き合いは長いんですか?」

「よくぞ、聞いてくれました!
そうなの。
アタシがまだ10代でモデルをしてた頃からだから、いぶきちゃんの人生より長い付き合いだわね。

アタシ、スカウトされてモデルの仕事始めたんだけど、全然ダメで。
仕事といえば、ほら、スーパーとかの安売り広告で、特売のトレーナーとか着て写ってる写真あるでしょ?ああいうモデルの仕事がたまにあるくらいしかなかったのよ。

デザインもしてみたかったんだけど、お金もなくて専門学校にも行けなくて。
わずかな収入が入ると、辛いのを忘れたくて夜の街をふらついてね。
気づけば、チンピラに絡まれてた。
あの頃のアタシ、何もかも嫌になって、やけっぱちになってたの。
そんなアタシを助けてくれたのがオヤジよ。

喧嘩で破れた服を繕って、ついでに少し着やすくなるようにアレンジしたら、アタシのこと、高く評価してくれてね。スポンサーになってくれた。
後で返してくれればいいって、専門学校のお金も出してくれたの。

何度も挫折したけど諦めずにいられたのは、オヤジのおかげなの」

語るジュンの目が輝いている。

「そうそう、デザインの練習にって、アキナの仕事用のドレスも何着も作ったわ。

アキナは、いつもすごく的確なアドバイスをくれた。デザインに凝りすぎて動きにくかったりしたら、容赦ないダメ出しするのよ。
おかげで、アタシ、だいぶ鍛えられたわね。

逆に、アキナに褒められたドレスは、よく売れたわ。銀座の女達が、アキナに憧れて買って行くから。

今回いぶきちゃんに作ったデザインは、アキナに作ったものをベースにしたのよ」


「お母さんのドレス…?
お母さんって、写真も残ってないの。形見になるものも、何もないの。
だから、すごく嬉しい。

ジュンさん、ありがとう」

ニッコリ微笑むいぶき。

ーーあら、これ、いい。
動きやすいけど、個性的で。
気に入ったわ、ジュン。ありがとうーー

ジュンの目に涙がにじむ。
思わずいぶきを抱きしめていた。

「もう、会えないと思ってたのに。
アキナ、あんた、ここに居たのね。
オヤジの娘だなんて、あんたには脱帽。やっぱりかなわないわ」

「…ジュンさん?」

「アタシ、オヤジが好きよ。
アキナはライバルであり、同じ男に惚れた仲間。
あの子の『ありがとう』は、最高の褒め言葉。

同じだった。今のいぶきちゃん。

あなたの中に、オヤジとアキナがいる。
それが、アタシには嬉しい」

「…ジュンさん…」

ジュンの目に涙が光る。
母のことを思い出してくれる人がいる。
いぶきと母の姿を重ねて泣いてくれる人がいる。

いぶきの胸も熱くなった…


< 77 / 155 >

この作品をシェア

pagetop