Before dawn〜夜明け前〜
「ジュンさんは、お父さんとの付き合いは長いんですか?」
「よくぞ、聞いてくれました!
そうなの。
アタシがまだ10代でモデルをしてた頃からだから、いぶきちゃんの人生より長い付き合いだわね。
アタシ、スカウトされてモデルの仕事始めたんだけど、全然ダメで。
仕事といえば、ほら、スーパーとかの安売り広告で、特売のトレーナーとか着て写ってる写真あるでしょ?ああいうモデルの仕事がたまにあるくらいしかなかったのよ。
デザインもしてみたかったんだけど、お金もなくて専門学校にも行けなくて。
わずかな収入が入ると、辛いのを忘れたくて夜の街をふらついてね。
気づけば、チンピラに絡まれてた。
あの頃のアタシ、何もかも嫌になって、やけっぱちになってたの。
そんなアタシを助けてくれたのがオヤジよ。
喧嘩で破れた服を繕って、ついでに少し着やすくなるようにアレンジしたら、アタシのこと、高く評価してくれてね。スポンサーになってくれた。
後で返してくれればいいって、専門学校のお金も出してくれたの。
何度も挫折したけど諦めずにいられたのは、オヤジのおかげなの」
語るジュンの目が輝いている。
「そうそう、デザインの練習にって、アキナの仕事用のドレスも何着も作ったわ。
アキナは、いつもすごく的確なアドバイスをくれた。デザインに凝りすぎて動きにくかったりしたら、容赦ないダメ出しするのよ。
おかげで、アタシ、だいぶ鍛えられたわね。
逆に、アキナに褒められたドレスは、よく売れたわ。銀座の女達が、アキナに憧れて買って行くから。
今回いぶきちゃんに作ったデザインは、アキナに作ったものをベースにしたのよ」
「お母さんのドレス…?
お母さんって、写真も残ってないの。形見になるものも、何もないの。
だから、すごく嬉しい。
ジュンさん、ありがとう」
ニッコリ微笑むいぶき。
ーーあら、これ、いい。
動きやすいけど、個性的で。
気に入ったわ、ジュン。ありがとうーー
ジュンの目に涙がにじむ。
思わずいぶきを抱きしめていた。
「もう、会えないと思ってたのに。
アキナ、あんた、ここに居たのね。
オヤジの娘だなんて、あんたには脱帽。やっぱりかなわないわ」
「…ジュンさん?」
「アタシ、オヤジが好きよ。
アキナはライバルであり、同じ男に惚れた仲間。
あの子の『ありがとう』は、最高の褒め言葉。
同じだった。今のいぶきちゃん。
あなたの中に、オヤジとアキナがいる。
それが、アタシには嬉しい」
「…ジュンさん…」
ジュンの目に涙が光る。
母のことを思い出してくれる人がいる。
いぶきと母の姿を重ねて泣いてくれる人がいる。
いぶきの胸も熱くなった…