Before dawn〜夜明け前〜


いぶきの次は桜木の番だ。

ジュンが桜木の相手をしている間、いぶきは、座ってコーヒーを飲む。
隣では拓人が参考書を読んでいた。

「すごかったろ?
ジュン、桜木さんに惚れ込んでいるから。いや、崇拝してるって言った方がいいか」

「うん。
組の人達にも慕われているし、黒川くんなんて、お父さんの為なら命だって賭けるって感じだし。
お父さんって、凄い人なんだね」


拓人は、参考書に目を落としたまま、何も言わない。

「でも、私は自分の未来を一条拓人に賭けたから。
お父さんみたいに強くなって、拓人を守るから」

拓人は、びっくりして顔を上げる。
いぶきの強い目が真っ直ぐに拓人を見つめていた。

いぶきには全て、わかっている。

拓人が、周りを惹きつけてやまない桜木に対して抱く畏怖。
自分には到底かなわないと、思っていること。


「未来、ね。
全て、時間が解決してくれるな。

焦っても仕方ない」


いぶきは、大きくうなづいた。
うなづいた勢いで胸元のネックレスが跳ねる。

「あ、いけない、付けっ放しだった」

普段付けないネックレス。
一人ではうまく外せない。
拓人が立ち上がっていぶきの背後にまわり、金具を外してくれた。

「ありがと」

「意外と不器用だよな」

「付け慣れてないからね。
あ、このネックレス、シンプルだけど、ステキ」


「いいでしょ、それ。
アタシがデザインしたのよ。チェーンからはずすとリングとしても使えるの。
ペアで使えるようにして、クリスマスシーズンの目玉商品にしようと思ってるのよぉ。


お待たせ。オヤジの分も終わったわ。
後は、拓人の微調整ね。
拓人、こっちよ」

今度は拓人がジュンに連れて行かれ、代わりに桜木がいぶきの隣に座る。


「そのネックレス、気に入ったんなら買ってやるぞ、いぶき」

「え、あ、ううん。大丈夫。
私、上手く付けられないし。
ジュエリーとか、あんまり興味ないの」

「興味ない、か。
アキナとおんなじ事言いやがる。
ま、たしかにそういう類の物は親が買うものじゃねぇな」

欲しい物は何でも買ってくれる。
いつも笑顔でいぶきの全てを受け止めてくれる。いぶきのことを最優先で考えてくれる。


多くの人に慕われる偉大な父だというのに、いぶきには甘い。それが、たまらなく嬉しい。



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