Before dawn〜夜明け前〜
「お前さぁ、誘ってる?」

「え?何を?」

拓人が指でいぶきのTシャツの首元をつつく。

首回りの広く開いたTシャツからは、胸元がチラリと見えていた。

「違うよ」

いぶきは、慌てて胸元を押さえようとしたが、その手を拓人に掴まれる。

「しかも、いやらしい胸だな。キスマーク付いてるじゃないか」


「拓人の仕業でしょ?」


「…こんなの付けたところで、すぐに消えるんだよなぁ。
風祭の付けた背中の傷は消えないのに」

そう告げた拓人の顔が切なげに歪む。
その表情に、いつもと変わらないように見えて、実は、冷静を装っていただけなのだと知る。


「バカね。…拓人」

いぶきは、拓人にぎゅっと抱きついた。 拓人もいぶきを抱きしめてくれた。

明日には、もうこの温もりから離れてしまう。

毎日、誰より近くにいて、気を失うほどに体を重ねても、別れの時はすぐそばまで来ている。



きっと、拓人にはすぐに新しい彼女が出来るだろう。
もう、こんな風に抱いてくれることはないかもしれない。

だって、信頼してくれているけれど、それは共に戦う同志としてだから。
私たちは、友達でもない、恋人でもない関係だから。


そうか。


だから、愛だの恋だのといった感情が必要なんだ。
体じゃなく心を繋いでおく為に、他の異性に心奪われない為の鎖になるんだ。


じゃ、無理ね。
だって、私、最初から恋愛感情を持たないことで拓人に選ばれたのだから。

拓人が他の女を抱きしめても、仕方ない。
たとえそこに愛が生まれても、仕方ない。

彼が私に求めているのは、絶対的な信頼と忠誠。

愛なんて知らない。

側に居られればそれでいい。
彼の右腕となり彼と共に戦うから。

居場所がある。
目指す未来は、拓人と共にある。

一生、闇の中から抜け出せないと思っていたのだ。
それを思えば、幸せなこと。







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