Before dawn〜夜明け前〜

「いぶき?どうした」

拓人が指先でいぶきの頬をなぞる。その指先は、濡れていた。
自分が涙を流していることに、いぶきは驚く。

「私。
涙なんて、とっくに枯れたと思ってた。
喜怒哀楽なんて感じることさえ、忘れたのに。

私に居場所がある。目指す未来もある。

生きてて、よかった。
たぶん、うれしくて、涙が出た」


いぶきは、頬に触れていた拓人 の手を両手で包んだ。

「拓人の手、好きよ。
この手は私に暴力を振るわない。それどころか、私を闇から救ってくれた。

今の私があるのは拓人のおかげよ。

私を見つけて、助けだしてくれた。

拓人。

拓人…」

涙が、後から後からこぼれ出てしまう。

「本当はね…」

言いかけて、ハッと我にかえり、いぶきは言葉をぐっと飲み込んだ。


ーー私、今、何を言おうとした…?


そんないぶきに、拓人は極上の微笑みを浮かべ、とろけるような口づけをする。

「俺はさ、いぶきに会えてよかったよ。

俺の背負う宿命は、一生一人で背負わなければならないものだった。
まさか、一緒に背負うなんて言ってくれる女に出会えるなんてな。
人生って、辛いだけじゃないんだな」


愛とか恋なんて、感情はいらない。
いつか拓人が言っていたから、いぶきは言葉を飲み込んだ。


もしかしたら、込み上げるこの感情が“信頼”だけじゃなく、“恋”とか“愛”とか言う甘い感情かも知れない。

なぜなら、思ってしまったから。


他の女を側におかないで、と。


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