Before dawn〜夜明け前〜
私たちは、共謀者。私たちは共に戦う同志。
二人の関係はそれで十分だと思っていたのに。
この手が他の女を抱きしめると思うと、胸が締め付けられるように苦しくなる。涙が後から後から止めどなくあふれる。
彼の心を繋ぎ止めたいと思ってしまった。
愛とか恋とか言う感情の鎖で。
でも、それは、この関係を壊してしまう。
未来の居場所すら失ってしまうかもしれない。
これは、うれしい涙なんかじゃ、ない。
拓人を失うのが怖くて、涙が止まらない。
「拓人、本当はね…私…」
再び、湧きあがろうとする想い。
でも、わずかに残った理性が警音を鳴らす。
口を固く結んで言葉を飲み込む。
拓人はそんないぶきのアゴをくいっと持ち上げ、目と目を合わせた。
いぶきの目にいつもの力はない。戸惑い、潤んだ瞳が愛おしかった。
ーー彼女が飲み込んだ言葉を聞きたい。
間違いなく、想いは一緒のはず。
「うん。いぶき。
たぶん、俺と同じこと考えてる。
たとえ、父親の桜木さんでも。
他の男がいぶきを抱きしめるのは、嫌だな。
いっそ、このまま、孕ませて、子供を盾に捕らえてしまおうか。
何年も先の未来なんて、待ちたくない。
そんな最低な事が頭をよぎる。
こんな醜い感情があるなんて。
この感情…
もしかしたら…」
拓人はいぶきをぎゅっと抱きしめ、その柔らかな唇を奪う。
いぶきの潤んだ瞳。
いつもの力強さはなりを潜め、甘い感情を滲ませていた。
あふれそうなほどに湧き上がる拓人への想い。
彼の温もりが、彼のにおいが、彼の全てが、好きだ。
彼が望むなら、何でもしたい。
でも。
“子供”という言葉に我にかえる。
自分の立場を思い出した。
彼の、“一条拓人”の子供を産むことなんて出来るはずない。
住む世界が違う。母アキナと同じ人生を選ぶことになる。