Before dawn〜夜明け前〜

「私、桜木いぶきになったの。
元ヤクザの組長の、一人娘よ。

一条家の御曹司とは、住む世界が違う。

本当に、わかってるの。
どんなに頑張って優秀な弁護士になって、拓人の右腕になれても、拓人の唯一の女性になんてなれないこと。

わかってるのに、どうしてだろう。

涙が出てしまう」

拓人は、いぶきの涙をそっと拭い、その震える唇に優しく口づけた。

「なってるから。
とっくに、特別な女になってる。

桜木いぶき。

将来は、俺の右腕になって仕事を助けてくれよ。


それと。


一条いぶきになって、一生側にいろよ。
桜木さんの後は、俺と家族になれよ」


拓人は、そう言うと、いぶきの手に縦長のビロード張りの箱を渡し、その箱を開けた。

ジュンにお願いしてあった、お揃いのネックレス。
リングが一つ、鎖に通してあるだけの、シンプルなデザイン。
以前、ジュンの店でいぶきが気になっていたネックレスだ。


「拓人と、家族…」

一瞬、頭をよぎる。

二人で生きる未来。

ビジネスの場なら、ひっそりと陰で控えていればいい。
でも、プライベートの場でも、拓人の傍にいるならば、名家にふさわしいご令嬢でなければ。
元ヤクザの組長の一人娘だなんて、ただのスキャンダルにしかならない。
その事実が、いぶきの足に重い枷となって前に進むことを躊躇わせる。


「無理よ。
誰も、私なんかを一条拓人の家族に望まない。
一条の歴史に泥を塗るわけにいかない。
ありえないわ。

ごめんなさい、変なこと言って」


「俺が望んでる。
それだけじゃ、足りないか？
ごちゃごちゃ考えるな。

ただ一つだけ。お前の気持ちだけだ。

俺と家族になるのが嫌かどうか。それだけだぞ」

拓人は、ネックレスをいぶきの手に乗せ、リングを指差した。


Takuto &Ibuki Ichijou


名前がリングの内側に彫ってある。
拓人が未来への希望を込めて、ジュンに依頼したものだ。


「いつか、これを互いの指にはめるから」


いぶきは、拓人の思いを感じ、思わず抱きついた。
大切なことは、拓人の気持ちと、自分の気持ち。