Before dawn〜夜明け前〜
6.ニューヨーク〜日本
弁護士 桜木いぶき
10年後。
アメリカ、ニューヨーク。
ジェファーソン法律事務所。
「モーニン!あらやだ、イブ、徹夜?」
「おはよ、ケイト。わかる?」
「当たり前でしょ、目の下のクマ。それに昨日と同じスーツ」
いぶきは、肩をすくめて小さく笑う。
カップに注いだブラックコーヒーを飲みながら、凝り固まった首を軽く回した。
アメリカ人は、彼女を“イブ”と呼ぶ。いぶきより呼びやすいらしい。
「イブ〜電話よぉ」
「誰から?」
「チェリィブロッサ〜ム」
いぶきはイタズラの見つかった子供のように顔をしかめながら、すぐに電話を取った。
「ダメじゃねぇか、いぶき。どんなに遅くなってもちゃんと家に帰らねぇと。
黒川を迎えに行かせる。とりあえず、着替えに戻れ」
「ごめんなさい、お父さん。
お説教はあとで聞く」
いぶきはそれだけ言うと、これ以上怒られてはたまらないと、慌てて電話を切る。
「さすがの無敵クールビューティも父親には敵わないんだな」
同僚の冷やかしには耳も貸さず、いぶきは書類片手に自室に戻って行った。
「何だよ、アレ。愛想ねぇなぁ。何なんだよ、あの日本人!」
「バカね、ダニエル。
アンタなんかがちょっかい出していい相手じゃない。
あのコ、高校在学中に司法試験予備試験に合格、高校卒業してすぐに日本の司法試験合格したのよ。
司法修習をこなして最短で弁護士になって、NYに戻って、速攻でこっちの弁護士資格も取得したとんでもない秀才よ。
あんたみたいに何年もかけて試験に合格して、ついこの間ここに下っ端として入ってきたのとはわけが違う。スーパーエリートよ」
いぶきの秘書、ケイトがダニエルをつつく。
「しかも、資産家の令嬢、おまけに美人。羨ましい〜」
「美人?日本人なんて、みんな同じ、凹凸のない顔してさ。
しかも、資産家?違うだろ?ジャパニーズマフィアの娘だってウワサで聞いたぞ?
スーパーエリートが聞いて呆れるよ、イブキ・サクラギ」
と、ダニエルが舌打ちをした時。
「ホントね。ケイトは、私を買いかぶりすぎよ。
でもね、凹凸のない顔もいいところあるのよ。
顔を洗うのが楽なの」
ダニエルの背後からひょいといぶきが顔を出す。ダニエルは、青ざめバツが悪そうに口をパクパクとさせていた。
「ケイト、この書類、送っておいて。なるべく急いでね。
私、着替えに一旦、ジャパニーズマフィアのパパのとこ、戻るから」
挑戦的な口ぶり、強い目力に、ダニエルが一層すくみあがる。
「OK。チェリィブロッサム氏にまたチョコレートの差し入れお願いしといて〜」
ケイトのおねだりにいぶきは笑ってうなづく。
「ケイト、さっきから言ってる“チェリィブロッサム”って?」
ダニエルがこっそりとケイトに尋ねた。
「あぁ、日本語のサクラギって、チェリィブロッサムの事だから」
ケイトが怯えるダニエルに笑って教えた。
「へぇ、意外と可愛らしい名前なんだな」