Before dawn〜夜明け前〜

毎日、いぶきと顔を合わせて他愛もない話をすることが、一樹の生きがいであり、いぶきも幸せを感じる時間だ。


でも。



父の部屋を出て、自室に入ると、いぶきはため息をついて鏡を見た。

首元を飾る、少しくすんだネックレス。
10年間、彼が付けてくれてから、一度も外したことのない、ネックレス。


一条グループは、この10年で随分と変わった。

たぶん、もう、いぶきの居場所は、ない。

いぶきが弁護士資格を取るために日本に行ったときに、彼に会いたくて一条家まで行ったけど、アポイントが無ければ会えない人になっていた。


電話だって、彼からは一度もない。
いぶきから一度だけ、弁護士資格が取れた報告の電話をしたけれど、ちょうど会議が始まるからと、ひどく素っ気なかった。


後日、黒川を通じて、お祝いの花をくれただけ。
それがショックで、それ以来、電話もしていない。

黒川は、日本に帰るたび会っているようで、いぶきに彼の様子を教えてくれる。それだけが唯一の彼との繋がりだ。


「イブ、ご飯、いつでもOKデスよ。
シャワー浴びた?」


その時、ノックと共にドアの向こうからマリアの明るい声がした。


「ありがとう、マリア。
シャワー、これからなの。
急いで浴びるね。お腹すいちゃったから」


マリアにそう返事をして、いぶきはネックレスから手を離した。


ーー後ろは、振り返らない。

大丈夫。

だって、
明けない夜はないから…





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