Before dawn〜夜明け前〜
「…そうか」
その夜。父、一樹はいぶきの話に眉をひそめた。
「あの男もバカだよ。
俺の身代わりでいぶきの親にされた賠償として、俺が提示したのは十年。それまでは俺の力でアイツの議員としての地位を守ってやると約束した。今年で十年。期限が切れた途端、桜木こわさで黙っていたマスコミやライバルが一斉に騒ぎ出した。
自業自得だ。
いぶきは、何も心配するこたぁ、ない」
「わかってる。
だけど、まさか、玲子さんまで…」
「あの、スレッカラシ娘か。
ありゃちょっとマズイな。おそらく出所はウチの組の若ぇモンだ。こずかい欲しさにやったんだろ。
俺がいた頃はクスリは厳しく見張ってたんだが。楽にこずかい稼ぎができるからな。
あの娘にゃ、オレのほうから手をまわしておく。
大丈夫だ。
風祭のことは忘れろ、いぶき」
いぶきはうなづきながらも、顔は浮かない。
久しぶりに忘れていた闇がいぶきを苛む。助けたいなんて、これっぽっちも思わない。ただ、どうしても気になってしまう。
「そんなことより、コペル社の特許の件はどうなった?」
「うん、それがキビシイの。七年前に日本で特許申請した会社があったんだけど、そこが吸収合併されて。そこがまた、二年前に合併されたみたいで混乱してるの。開発者も転職してて。
NYにいたんじゃ、これ以上埒があかない」
いぶきは、バックから書類を取り出して父に見せた。
父は、最高のアドバイザーだ。体は言うことをきかなくても、頭はまだまだ現役。
資格こそ取得していないが、いぶきと共に法律を学び、NYの州法も頭に入っている。
「一度、日本に行って自分で確認するわ。その方が早い。裁判までそんなに時間ないし、のんびりしてられない」
「そうだな。あさっての木曜日の飛行機を取ってやろう。土曜日に帰って来れば、月曜日からいつも通りに仕事に戻れる」
「あぁ、いつもの弾丸コースね。オッケー、準備するわ」
日本の弁護士資格を持ついぶきは、日本相手の業務が多い。
どうしても自分で動きたい時は、土日を上手く使いながら弾丸出張をすることもある。
仕事以外の予定も無駄な動きも一切ない弾丸出張だ。
「風祭の騒動に巻き込まれないように。
黒川にも、今回はいつも以上に用心するように言っておく」
いぶきが日本に行く時は、黒川が必ず同行する。タイトなスケジュールを完璧にこなせるのも、黒川の協力あってのことだ。
「ありがと。
お土産に、日本酒買ってくるね」