哀夢
すべての始まり
‘キーンコーンカーンコーン’
掃除時間になり、生徒達がざわめき出す。
わたし相沢愁、小学5年生。仲良しの友達は、少しおとなしくてメガネをかけた小川トコと、元気で色黒な松江奈美。
「デカデカ女!」
突然の暴言に振り返ると、そこには可愛らしい小さな男の子。
「永井ー!待て!このチビ!」
彼はすばしっこい身のこなしで、スイスイ机の間をすり抜けていく。
彼、永井光はわたしのケンカ友達で、わたしの片思いの相手だった。低い身長、細い身体、頭はボウズの特にモテなさそうな男の子。でも、ブレスレットを貰ったり、バレンタインにチョコとクッキーをやり取りしたり、仲は悪くなかったと思う。
あの時までは…。
永井に逃げられて、悔しそうに黒板前に戻る。…と、奈美が雑巾片手に大きな声でこう言った。
「愁は永井が好きなんやろー?」
わたしは周りを見回す。こいつ、突然何をカミングアウトさせようと…。数人の男子が、面白がった顔でこっちを見ている。恥ずかしさでつい口をついて出たのは、
「好きなわけ!どちらかというと、大ッキライやわ!あんな奴…!」
…ヤバっ!言い放った言葉をしまいたいと思った。視線の先には、永井の姿。結構マジで怒ってる。
「オレもこんなデカデカ女好きやねーし!」
そう言った永井の周りの男子が便乗する。
「相沢の声聞くなよー!耳が腐るぞー!」
「相沢の机触んなよー!手が腐るぞー!」
………これがきっかけだと思う。そう、こんな些細な行き違いで、わたしの運命の歯車は大きな音を立てて狂いだしていく……。
次の日からは地獄だった。
クラスの男子の半数以上が、わたしをばい菌扱いし、見るな、聞くな、しゃべるなの徹底したいじめだった。両親にも相談したが、まだいじめが浸透していない時代…言い返すか、徹底的に無視していればやめるといわれ、素直なわたしは実践してみた。
まず、手始めに男子が
「手が腐る」
「耳が腐る」
と言えば、
「腐ってないやん!嘘言うな!」
と言い返してみた。
すると、
「腐ってな…」
のくだりで、はるかに大きな声で
「あぁぁぁぁぁー!」
と、かき消され…
「耳が腐るけしゃべんなちゃ!ブス!」
…数回試して諦めた。
次に、きれいな無視を決め込んでみる。
これも父に教えてもらった方法。
しかし、声を少しでも出せば罵声がとび、何もせずとも近くで吐く真似をされたり…。しまいには、掃除時間にわたしが少し離れた所で掃除をしていると、
「相沢ムカつく!」
…と、永井の声………と一緒に聞こえてきたのは、奈美とトコの笑い声。
ひどい絶望感と、惨めな気持ちがわたしを襲う。
不思議と涙は出なかった。真っ暗な穴に突き落とされたような、そんな感覚だったと思う。
この頃には女子も参加するヤツと、われ関せずの傍観者に分かれており、奈美とトコすら学校では話しかけなくなっていた。わたしは、下を向き、声も出さず、ひたすら空気になろうとした。
毎日のように浴びせられる
「死ね」「消えろ」「目が腐る」「耳が腐る」「汚ねえ」
それは中3まで毎日続いた。
もちろん、理由を聞いて直そうと思って聞いたこともある。でも、一度も同クラになったことのない子から
「国語の本読みの仕方がムカつく」
と言われたことで、自分の努力ではどうにもならないん
だ…と落胆したのを覚えてる。
両親に相談しても埒が明かないので、中3の3学期に、担任教師に相談した。言われることをすべて打ち明け、辛くて学校に来たくないこと。
すると、担任は、
「している人全員の名前を挙げないと対処ができない」
…と言うので、
「学年の3分の2くらいの全員を挙げろというんですか?」と詰め寄った。
「名前を知らない人もいる」
…と。続く沈黙に苛立って、
「もういいです!」
と職員室を後にする。
その後、わたしは両親にも、担任にも何も言わず、無断欠席を強行した。一日目で親にバレ、担任に話が行った。
担任は泣きはらした目をして家に来た。しかし、その口から出るのは、
「甘やかして育ててはいないか?」
「みんな受験でストレスが溜まっているから」
そんな言葉に1つ1つ頭を下げる母……。
母の対応に不満と疑問をおぼえながら、わたしの不登校は一週間続いた。
わたしには姉が2人いた。
不登校の間も姉から
「家庭崩壊させてるのは、あんたなんやけね!」
と罵られ、母親は1日中不機嫌。
そこで、父に言われた一言。
「一度学校に行ってみろ。何も変わってなければ、また休めばいい。」
一度登校したら、また惰性で登校を続けた。休めば家にすら居られなくなりそうな恐怖がわたしを襲っていた。
学校に行けばばい菌呼ばわり…
下校時には高架からとんでくる石。
生徒会に入っていた姉の名前で呼ばれる。
全校集会では、わたしの周りだけ十字に空き、椅子を持って移動すれば、椅子に貼られた名前シールが剥がされて踏みつけられている。
給食の時は班で付けるはずの机が1人だけ離され、リコーダーのテストがあれぱ、みんなして突っ伏して耳を塞ぐ。
消えろって言うなら消して!
死ねって言うなら殺せばいーやん!
って思い始めてた。
中3…受験生だったわたしは、高校生活に不安を抱いていた。絶対いじめられたくない!もう二度と同じ間違いは起こしたくない!
そう思って、県外の寮生の学校を親に打診する。勉強は嫌いではなかったし、成績も優秀、もちろん素行も悪くない。必ず受かる自信のある高校だった。
しかし、両親は即座に却下した。理由は経済的なもので、泣く泣く諦めた。
後は二択しか残されていなかった。姉の行った高校か、近所の商業高校。両方とも公立だったが、担任は商業高校を偏差値が低いからやめろと言ってきた。
わたしは、少しでも遠い学校に行きたくて、担任の静止を振り切り、商業高校を選択した。受かる気は全く無く、受験勉強もさっぱりしなかった。推薦入試を勧められ、仕方なく受けた面接も、散々だった……と思っていた。
合否を知らされる日、わたしは落ちるのを覚悟して担任のもとへ行った。
「相沢………よかったな。合格だ!」
………え………
「ありがとうございます。」
わたしは暗い面持ちで教室を出た。
クラスメイトが、面白そうに聞いてくる。
「相沢さん、受かった?」
「……うん。」
わたしは呆然とした感じで答え、帰路についた。
高校入学を控え、わたしはPHSを買ってもらった。(今で言うガラケーみたいなもの)そこの出会い系サイトで、優しい21歳のお兄さんと知り合った。いじめのこと、家庭内での居場所の無さなど、悩みを打ち明けると、優しく聞いてくれた。その優しさが嬉しくて、わたしは母に何度か話をしていた。
「メル友のかず君が優しくて、何でも相談できるの!」
みたいなことを、何度か言ったような気がする。
それに対しても母は、
「そう。よかったわね。」
としか言ってくれなかった。
高校の入学説明会の日、事件は起こる。
その日は母と学校へ行き、クラスの振り分けなども発表された。わたしはクラスメイトの名前を見て、血の気が引く。そこには、いじめのグループの主犯格の女子生徒の名前があった。
帰り道、母と二人きりになった辺りで、わたしは母に訴えた。
「わたし、高校行きたくない!だって、この子がいるもん!お母さんも知ってるでしょ?わたし、怖い!」
そう訴えるわたしに、母は冷たくこう言った。
「またその話?そんなことはお母さんに言わないで、メル友にでも話して!」
わたしの中で、何かが砕ける音がした。
「…わかった。……もうお母さんには何も言わないね。」
その日から、わたしは母に何も言わなくなった。代わりに、顔も知らないかず君に、依存していったんだ。
とんとん拍子にことは進んでいき、卒業式の日。
永井はわたしの前の席だった。椅子を下げた拍子にわたしの机にぶつかる。また何か言われる!と構えたわたしに、永井は
「ごめん」
と一言言った。……わたしは拍子抜けして
「うん。」
と返すのが精一杯だった。
この時のごめんの真意はわからないまま…。
この頃のわたしは、顔も知らないかず君だけが希望で、家にも学校にも居場所を見つけられなかった。
掃除時間になり、生徒達がざわめき出す。
わたし相沢愁、小学5年生。仲良しの友達は、少しおとなしくてメガネをかけた小川トコと、元気で色黒な松江奈美。
「デカデカ女!」
突然の暴言に振り返ると、そこには可愛らしい小さな男の子。
「永井ー!待て!このチビ!」
彼はすばしっこい身のこなしで、スイスイ机の間をすり抜けていく。
彼、永井光はわたしのケンカ友達で、わたしの片思いの相手だった。低い身長、細い身体、頭はボウズの特にモテなさそうな男の子。でも、ブレスレットを貰ったり、バレンタインにチョコとクッキーをやり取りしたり、仲は悪くなかったと思う。
あの時までは…。
永井に逃げられて、悔しそうに黒板前に戻る。…と、奈美が雑巾片手に大きな声でこう言った。
「愁は永井が好きなんやろー?」
わたしは周りを見回す。こいつ、突然何をカミングアウトさせようと…。数人の男子が、面白がった顔でこっちを見ている。恥ずかしさでつい口をついて出たのは、
「好きなわけ!どちらかというと、大ッキライやわ!あんな奴…!」
…ヤバっ!言い放った言葉をしまいたいと思った。視線の先には、永井の姿。結構マジで怒ってる。
「オレもこんなデカデカ女好きやねーし!」
そう言った永井の周りの男子が便乗する。
「相沢の声聞くなよー!耳が腐るぞー!」
「相沢の机触んなよー!手が腐るぞー!」
………これがきっかけだと思う。そう、こんな些細な行き違いで、わたしの運命の歯車は大きな音を立てて狂いだしていく……。
次の日からは地獄だった。
クラスの男子の半数以上が、わたしをばい菌扱いし、見るな、聞くな、しゃべるなの徹底したいじめだった。両親にも相談したが、まだいじめが浸透していない時代…言い返すか、徹底的に無視していればやめるといわれ、素直なわたしは実践してみた。
まず、手始めに男子が
「手が腐る」
「耳が腐る」
と言えば、
「腐ってないやん!嘘言うな!」
と言い返してみた。
すると、
「腐ってな…」
のくだりで、はるかに大きな声で
「あぁぁぁぁぁー!」
と、かき消され…
「耳が腐るけしゃべんなちゃ!ブス!」
…数回試して諦めた。
次に、きれいな無視を決め込んでみる。
これも父に教えてもらった方法。
しかし、声を少しでも出せば罵声がとび、何もせずとも近くで吐く真似をされたり…。しまいには、掃除時間にわたしが少し離れた所で掃除をしていると、
「相沢ムカつく!」
…と、永井の声………と一緒に聞こえてきたのは、奈美とトコの笑い声。
ひどい絶望感と、惨めな気持ちがわたしを襲う。
不思議と涙は出なかった。真っ暗な穴に突き落とされたような、そんな感覚だったと思う。
この頃には女子も参加するヤツと、われ関せずの傍観者に分かれており、奈美とトコすら学校では話しかけなくなっていた。わたしは、下を向き、声も出さず、ひたすら空気になろうとした。
毎日のように浴びせられる
「死ね」「消えろ」「目が腐る」「耳が腐る」「汚ねえ」
それは中3まで毎日続いた。
もちろん、理由を聞いて直そうと思って聞いたこともある。でも、一度も同クラになったことのない子から
「国語の本読みの仕方がムカつく」
と言われたことで、自分の努力ではどうにもならないん
だ…と落胆したのを覚えてる。
両親に相談しても埒が明かないので、中3の3学期に、担任教師に相談した。言われることをすべて打ち明け、辛くて学校に来たくないこと。
すると、担任は、
「している人全員の名前を挙げないと対処ができない」
…と言うので、
「学年の3分の2くらいの全員を挙げろというんですか?」と詰め寄った。
「名前を知らない人もいる」
…と。続く沈黙に苛立って、
「もういいです!」
と職員室を後にする。
その後、わたしは両親にも、担任にも何も言わず、無断欠席を強行した。一日目で親にバレ、担任に話が行った。
担任は泣きはらした目をして家に来た。しかし、その口から出るのは、
「甘やかして育ててはいないか?」
「みんな受験でストレスが溜まっているから」
そんな言葉に1つ1つ頭を下げる母……。
母の対応に不満と疑問をおぼえながら、わたしの不登校は一週間続いた。
わたしには姉が2人いた。
不登校の間も姉から
「家庭崩壊させてるのは、あんたなんやけね!」
と罵られ、母親は1日中不機嫌。
そこで、父に言われた一言。
「一度学校に行ってみろ。何も変わってなければ、また休めばいい。」
一度登校したら、また惰性で登校を続けた。休めば家にすら居られなくなりそうな恐怖がわたしを襲っていた。
学校に行けばばい菌呼ばわり…
下校時には高架からとんでくる石。
生徒会に入っていた姉の名前で呼ばれる。
全校集会では、わたしの周りだけ十字に空き、椅子を持って移動すれば、椅子に貼られた名前シールが剥がされて踏みつけられている。
給食の時は班で付けるはずの机が1人だけ離され、リコーダーのテストがあれぱ、みんなして突っ伏して耳を塞ぐ。
消えろって言うなら消して!
死ねって言うなら殺せばいーやん!
って思い始めてた。
中3…受験生だったわたしは、高校生活に不安を抱いていた。絶対いじめられたくない!もう二度と同じ間違いは起こしたくない!
そう思って、県外の寮生の学校を親に打診する。勉強は嫌いではなかったし、成績も優秀、もちろん素行も悪くない。必ず受かる自信のある高校だった。
しかし、両親は即座に却下した。理由は経済的なもので、泣く泣く諦めた。
後は二択しか残されていなかった。姉の行った高校か、近所の商業高校。両方とも公立だったが、担任は商業高校を偏差値が低いからやめろと言ってきた。
わたしは、少しでも遠い学校に行きたくて、担任の静止を振り切り、商業高校を選択した。受かる気は全く無く、受験勉強もさっぱりしなかった。推薦入試を勧められ、仕方なく受けた面接も、散々だった……と思っていた。
合否を知らされる日、わたしは落ちるのを覚悟して担任のもとへ行った。
「相沢………よかったな。合格だ!」
………え………
「ありがとうございます。」
わたしは暗い面持ちで教室を出た。
クラスメイトが、面白そうに聞いてくる。
「相沢さん、受かった?」
「……うん。」
わたしは呆然とした感じで答え、帰路についた。
高校入学を控え、わたしはPHSを買ってもらった。(今で言うガラケーみたいなもの)そこの出会い系サイトで、優しい21歳のお兄さんと知り合った。いじめのこと、家庭内での居場所の無さなど、悩みを打ち明けると、優しく聞いてくれた。その優しさが嬉しくて、わたしは母に何度か話をしていた。
「メル友のかず君が優しくて、何でも相談できるの!」
みたいなことを、何度か言ったような気がする。
それに対しても母は、
「そう。よかったわね。」
としか言ってくれなかった。
高校の入学説明会の日、事件は起こる。
その日は母と学校へ行き、クラスの振り分けなども発表された。わたしはクラスメイトの名前を見て、血の気が引く。そこには、いじめのグループの主犯格の女子生徒の名前があった。
帰り道、母と二人きりになった辺りで、わたしは母に訴えた。
「わたし、高校行きたくない!だって、この子がいるもん!お母さんも知ってるでしょ?わたし、怖い!」
そう訴えるわたしに、母は冷たくこう言った。
「またその話?そんなことはお母さんに言わないで、メル友にでも話して!」
わたしの中で、何かが砕ける音がした。
「…わかった。……もうお母さんには何も言わないね。」
その日から、わたしは母に何も言わなくなった。代わりに、顔も知らないかず君に、依存していったんだ。
とんとん拍子にことは進んでいき、卒業式の日。
永井はわたしの前の席だった。椅子を下げた拍子にわたしの机にぶつかる。また何か言われる!と構えたわたしに、永井は
「ごめん」
と一言言った。……わたしは拍子抜けして
「うん。」
と返すのが精一杯だった。
この時のごめんの真意はわからないまま…。
この頃のわたしは、顔も知らないかず君だけが希望で、家にも学校にも居場所を見つけられなかった。
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