哀夢
家出…そして同棲
 ある日の午後、いつものように約束を取り付け、男とホテルに行った。シャワーを浴びる男の背中一面の入れ墨に、わたしは一瞬引いた。…が、恐怖は一瞬だけだった。
自分の命にも、そんなに執着のないわたしには、恐れるものが無かった。

 そんなわたしに不思議そうに男が聞く。
「お前、これ見てオレが怖くないんか?」
「別に…。おじさん優しいやん!怖くないよ?」
「そっか。お前、帰りたくないって言いよったよな?」
「うん…。」
「オレは一緒におってやれんけん、オレの後輩紹介するわ!そんかし、オレとヤッたんは黙っとけよ?」
「わかった!おじさんやっぱ優しいやん!大好き!」
わたしは、入れ墨の男にハグをした。

 男は待ち合わせの場所まで車で送ってくれた。わたしはうるさく鳴るPHSの電源を切って後輩の人を待った。
 
 5分もしない内に彼は現れた。耳に拡張ピアス、金髪の似合う少し強面の人は岩田真(いわたまこと)と名乗った。27歳だった。
 トビ職と言った真は、仕事上がりだから…と自宅のシャワーを浴びた。彼の自宅は1Kで、玄関を入ってすぐに洗濯機、その奥にユニットバスがあり、6畳ほどの畳張りの部屋がある。TVとスタンドミラーがあり、布団が無造作にひいてある。角に不思議な形の箱のような物があった。中でガサゴソ音がする。気にはなったが、わたしは借りてきた猫のようにじっとしていた。

 …と、真がシャワーを終えて出てきた。
「お前、いくつ?」
彼の質問に正直に答える。
「……15……」
彼は更に問いかける。
「家に帰りたくないって、なんかあったんか?」
 わたしは、今まであったことをすべて話した。いじめられていたこと、両親に、周りの人達に助けを求めたこと、誰も耳を傾けてはくれなかったこと、家にも学校にも居場所が無いこと………

 真は、しばらくの沈黙の後、
「お前、オレの女になるか?それなら居候でおいてやるけど…。」
「本当に?じゃぁ、家に帰らなくていい?」
「あぁ。」
「ありがとう!」

 その夜、私たちは関係を持った。…ふと気になってPHSの電源を入れる。着信がバカみたいに入ってる。
 留守電…聞く気にはなれなかったが、一応…
(どこにいるの?)
(いつ帰るの?)
………ウザ……帰る気ねーし……
(もう、警察に捜索願い出したから、取り下げて欲しかったら連絡しなさい!)
……………は?……………

 わたしは慌てて彼に報告する!
「うちの親が警察に行ったって!どうしよう。」
彼は落ち着いて、
「前の住所言っとけ」
と、前の住所を教えてくれた。

 仕方なく電話する。
 ツーコールを待たずに母が電話口に出た。
「心配したのよ!今どこにいるの?」
………心配……ねぇ………
心の中で毒づきながら、彼に教えられた住所を言う。
「これでいいでしょ。取り下げて!」
わたしはそれだけ言うと電話を切った。

 その日のうちに、今度は父から電話が来た。
「そこは治安が悪いらしいから、帰って来い!」
わたしは反発する。
「そっちにいるより、こっちにいた方がいい!帰る気無いから!」
「じゃあ、誰と一緒か、名前と年を言ってみろ!」
「岩田真さん、27歳!これで文句ない?」
わたしの剣幕にビックリしている真をよそに、父との会話は進んでいく。
「その男と話させろ!」
「は?イヤよ!彼に迷惑でしょ!」
そのやり取りを聞いていた彼は、小声でこう言った。
「オレ代わるよ。」

「もしもし……はい。………すみません。………はい。熊西○ー○です。………わかりました。失礼します。」

電話を切った彼に詰め寄る。
「なんて?」
「お父さん心配しちょったよ?…で、本当の住所言って、そしたら、明日1回挨拶に来いって…。」
「いかんでいーよ!」
「そうはいかんやろ。きちんと挨拶はしとかな。」
すねるわたしをなだめるように彼は言った。
「大丈夫。愁は連れて帰るけん。」

 そして次の日、実家に向かう車の中。わたしに笑みは全く無かった。真も黙っていた。

 実家では、たいした話はしなかった。
 高校はわたしがやめると言ってきかないし、真が真摯に挨拶をしに来たのが良かったのか、父も全く反対しなかった。
「家にいるより、あなたといた方が楽しいようなので、お願いします。」
と言っているのが聞こえて、わたしは苦笑した。

 理不尽だとはわかっていたが、父の態度に無償に腹がたった。

 こうして妙な家出生活が始まった。

 真はわたしにいろいろなことを教えてくれた。ご飯の炊き方、洗濯の仕方…全部見て覚えろ!と怒られながらだったが、わたしは帰りたくない一心で覚えた。

 途中2度ほど高校の先生が戻って欲しいと言いに来た。
……でも、理由が
「推薦入学で入っているんだから、今辞めたら後輩が推薦で入学しづらくなる。」
というものだったので、わたしには関係ないと思い、2度目に髪を染めて行くと、
「わかった。もう戻る気は無いのね。」
と言い、それ以来来ることはなかった。

 あっっ!
 不思議な箱のようなものの中身!!

 コレはカミツキガメ(ワニガメ)だった。金魚がエサだと言って、入れてやると、日に日に数が減っていった。…が食しているところは見ていないので、そんなに怖くなかった。
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