哀夢
バイトで覚えたことは、底上げと、前出し。

 底上げは、ヤマと呼ばれる、ダンボールを積んだものの商品が減っていたら、下の箱から出して積むこと。

 前出しは、並んでいる商品を、消費期限の早いものから前に出していくこと。

 これと、自動ドアが開く音での「いらっしゃいませー」の声出しは、軽く職業病になった。

 底上げと前出しは、まだかわいいもので、声出しは、コンビニに行ったときなど、何度か恥ずかしい思いをした。

 バイトで恥ずかしい思いをしたのは、台車は、前後にしか動かない。という、わけのわからん思い込みから始まった。

 ある日、ダンボールをまとめて入れてある所に、空になったダンボールを持って行った時のこと。

 その日は珍しくいっぱいで、奥に押し込むしか入るすき間が見当たらない。

 わたしは奥に押し込もうとするが、高身長のわたしでも、少し足りない。

 わたしは、面倒くさがりなので、近場に何か無いかと探す。

…と、台車を見た。4つの車輪はみんな前を向いている。

イケる!!

 わたしは、何故かそう思ってしまう。

ダンボールを抱え、台車に足をかける。
ダンボールを押し込もうと力を入れた瞬間…

はい。あなたの想像通りのことが起こりました。

 台車は後ろに動き出し、わたしは否応なしに地面に潰れた。上から無情に落ちてくるダンボール。

 そこはスーパーの駐車場の一角。

 お客様が、心配して駆け寄って来る。

 わたしはこれでもかってくらい赤面しながら、
「大丈夫です!…すみません!大丈夫ですから…」
と、繰り返す。

 何人かのお客様が、わたしが蹴り飛ばした台車を回収してくれた。

「すみません。ありがとうございます。」
と言って、そそくさと事務所に戻った。

今度は牛乳パックを入れるかごを持って行く。

「怪我しなかった?気をつけてね!」

と、声をかけてくれたお客様に、
「ありがとうございます!」
と会釈しながら、ダンボールを押し込んだ。


 そんなこんなで、真とわたしは2年近く同棲した。
 最後はわたしが生活に困っているのを見かねた父に、強制送還された。真は父に
「生活が立て直ったら娘さんともう1度お付き合いさせてください!」
と言い、父も
「お互いの気持ちが一緒なら…」
と承諾した。
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