蜜愛婚～極上御曹司とのお見合い事情～

「やめよ……」


　ひとりきりの貴重な夜なのに、考えても楽しくないことで時間を無駄にするのはやめよう。

　チョコレートの箱を片づけると、私はソファーの前に小さな椅子を運んできた。フットレストにするためだ。今日は担当する披露宴が二件続いたので一日中走り回って足がひどくむくんでいる。


「ふぅ……生き返る……」


　少々お行儀は悪いけれど椅子に足を乗せ、深々と溜息を吐く。女だって生き物なので、いつも優雅ではいられない。

　それでもなにか物足りなくて、スマートフォンの音楽アプリからお気に入りの曲を選び、イヤホンをつけると、アイマスクを取り出した。個包装を開けると発熱してアロマの香りと蒸気で目を温めてくれるものだ。とても気持ちがいいのだけど使い捨てでひとつ百円以上するので、ケチケチして使っている。

　イヤホンからはクラシックギターの繊細な調べが流れてくる。奏者は日本の有名な女性ギタリストで、同じくギタリストの父親からギターの英才教育を受けたという。デビュー時の瑞々しさも好きだけど、私は年齢を重ねた彼女の現在の音色がとても好きで、よく聴いている。二世のアーティストとして重圧や迷いもあったことだろう。でも見事に超越して彼女だけの世界を築きあげた姿にも憧れる。