蜜愛婚～極上御曹司とのお見合い事情～

　母に泣かないでと言ったのに、私は母の言葉を聞きながらいつの間にか泣いていた。

　子供の頃から見てきた父はいつも明るく元気で単純で、いつまでもずっと変わらずいてくれると根拠もなく信じていた。社会人になって経済的に自立したつもりでも、精神的には父の大きな傘の下で安らいできたのだと思う。でも、もういつ失ってもおかしくない年齢なのだ。今まで寄りかかってきたぶん、今度は私が背負って立つ時期が来たのだと思う。


「わかったわ、お母さん。でも無責任な辞め方はしたくないの。一カ月ぐらい猶予をもらっていい？　退職の時期を橘部長に相談するから」


　橘ホテルへの情と、娘としての立場を精一杯慮っての答えだった。でもやはりお見合いを仕掛けた親だけあって、母は私にプレッシャーをかけることを忘れなかった。


「それなんだけど、お父さんのために早く鷹取さんと話を進めてくれないかしら？　乃梨子が幸せになった姿を早く見せてあげてちょうだい。それに、そうなれば会社を辞めても白川は安泰でしょ？」