蜜愛婚~極上御曹司とのお見合い事情~
「万が一のために、白川が生ける準備も頼む。メインの華道会場は綾瀬がやるしかないが、茶道会場は代役でいいだろう。それでも従業員の服装はまずい」


 和装を用意しておけということだと理解して、私は頷いた。


「ちょっと待て」


 また駆け出そうとした私を彼は呼び止めた。家でも何度か聞いたこの言葉が私はたまらなく好きだ。


「お前の鋏だ。慣れた道具のほうがいいだろ?」


 今だけプライベートの口調になった彼が差し出したのは、自宅に置いてあったはずの私の花鋏だった。

 ああ、やっぱりこの人は──。
 彼から花鋏を受け取り、今度こそ私は走り出した。

 彼はこうなることを昨夜から予見していた。
 ひょっとすると、私を担当に充てたときから。

 きっと私は、恨みながら、詰りながら、それでもこの人に惹かれてしまうのだろう。
 
 

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