蜜愛婚~極上御曹司とのお見合い事情~
「この時間に届いたということは、きっといろいろあったんでしょう。しかもライバル社の花を入れたということで、だいたいなにがあったかわかります。私のせいでたいへんな思いをさせちゃったわね」

「いいえ……とんでもないことです。遅くなりまして、本当に申し訳ございません」


 控室を退出してまた走る。開演までもうわずかな時間しかないのだ。
 私が花を生けるので、イベントの進行フォローは橘部長が引き受けてくれた。


「僕がやるよ。大丈夫。白川さんの最後の仕事だからね」

「部長、私もう泣きそうです」

「それより早く着替えないと」


 ホテル内には懐石料理の従業員用に和装のための更衣室がある。私はそこに母から届けられた着物一式を運び込み、心を鎮めながら身支度を整えた。三ツ紋を入れた撫子色の色無地に、七宝が織り地になった帯を締める。花より自分や着物が目立ってはいけないので、今日は柄のない着物だ。でも、いくら裏方であるといっても着物は人の目を楽しませるものなので、主張が強くない範囲で目に心地よい色を、帯には吉祥柄を選んだ。外国人にはわからないからといって、手を抜いたまがい物の文化を見せるわけにはいかない。

 固いシニョンの髪は一度ほどき、堅苦しくない程度に緩めて結い上げた。走り回っていたせいで少し崩れていたメイクを直し、鏡で自分の姿を確認すると、私はバンケット会場へと戻った。


< 229 / 274 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop