蜜愛婚~極上御曹司とのお見合い事情~
 怒りを前進の力に変えて出勤の身支度を整え、それから迅速に対応してくれる引越し業者をネットで検索した。夜逃げ需要なのか意外に業者はたくさんあって、早朝の依頼でも受け付けてくれた。


「よし!」


 ひとりで号令をかけて玄関を出る。
 
職場に退職の挨拶を済ませたらここに戻ってきて、蓮司さんが帰宅する前に私の荷物を運び出してしまおう。長居は無用だ。明日からは綾瀬花音でも誰でも、好きに招くがいい。

 強気にそんなことを考えても、飛び石を渡りながら少し切なくなる。もともと私のものではなかった人。本当は怒る筋合いもないのだ。


 ところがエレベーターで一階に降り、エントランスホールに出たところで、こともあろうに今頃になって帰宅してきた蓮司さんと鉢合わせした。正面からやってきた彼はエレベーターから降りてきた私に気づくと驚いた顔で立ち止まった。
 彼はネクタイが曲がり、髪もいつになく乱れていて、やけにくたびれて見えた。


 そうか。これが話に聞く朝帰りの男の姿ってものなのか。


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