蜜愛婚~極上御曹司とのお見合い事情~
「今、お時間をいただいていいですか? 一分もかかりません」

「今から来客だ。家で聞く」

「仕事の話は家では禁止ですよね。それに今夜から私はあそこに帰りません」

「えっ?」


 彼が愕然とした表情になった。


「私、本日付で橘ホテル東京を退職することになりました。今まで四年間、大変お世話になりました」


 接客業の基本として四年間続けてきた正しいお辞儀。相手はお客さまでもないのに今が集大成のような気がして、私は姿勢を正して頭を下げた。


「なぜ突然? 綾瀬のイベントと関係が?」

「突然ではありません。イベントとも関係ありません。一カ月以上前から決まっていました。上司に相談して、披露宴ラッシュと担当するイベントが終わる六月末で調整いただきました」


 名指しはしていないけれど、上司というのは橘部長だ。


「なぜ俺に言わなかった?」

「…………」


 会議室に沈黙が落ちた。廊下の遠くで人の話し声が聞こえる。


「……申し上げる勇気がありませんでした」


 ゲームオーバーになるのが怖かったから。
 少しでも長く傍にいたかったから。


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