蜜愛婚~極上御曹司とのお見合い事情~
「乃梨子……」


 でも、私の背中を捕らえた彼の声があまりに普段と違っていたので、ビニール袋を抱き締めたまま思わず背後を振り返った。

 するとそこには今朝以上に髪が乱れ、額に汗を滲ませた蓮司さんが放心したような表情で立っていた。まるですごい勢いで走ってきたような姿だ。いったいどうして、彼はこんな顔で私を見ているのだろう?

 ほんの数秒、彼に会えたうれしさをかみしめてまじまじと見つめてしまったけれど、私はすぐ我に返って言い訳した。たった三時間前に〝どうかお元気で〟なんて言った手前、ひどく決まりが悪い。


「あ、あの、忘れ物点検してるところなんだから」


 片手をビニール袋から外したはずみで袋が傾き、イカゲソ袋が床に落ちた。


「すぐ、消えますから」


 慌ててしゃがんだ拍子にまた袋が傾き、さらにカップ酒がごろんと落ちた。ゴロゴロと床を転がるカップ酒を拾おうと追いかけたら、彼の手がそれを先に拾った。


「返して」

「返さない」


 ふたりとも立ち上がって睨み合う。



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