蜜愛婚~極上御曹司とのお見合い事情~
 事務エリアから旧館エリアに入ると、従業員通路は途端に狭く薄暗くなる。
 このホテルは開業がグループ内で最も古く、増改築を何度も繰り返して現在の姿になった。そのせいで旧館の従業員通路は迷路のように入り組んでいて、閉鎖され途中で行き止まりになっている古い階段が、開かずの扉の向こうに残されていたりする。入社した頃は忍者屋敷のようでわくわくしたけれど、たまに迷子になったものだった。そういうときに限って鷹取蓮司に出くわしてしまうのだから、彼とは運命的に星回りが悪いに違いない。

 プルミエに一番近い従業員ドアに到達すると、私はドアの隙間からそっと館内を窺った。あの男が付近にいないか確認しようと思ったのだ。

 ……よし。いない。


「なにをやってるんだ?」

「ひっ」


 いきなり背後から聞き覚えのある低い声が響き、私はすんでのところでカップを落としそうになった。
 振り向かなくても誰なのかはわかっている。ここまで誰にも会わなかったのに、唯一出くわしたのがよりにもよって鷹取蓮司だなんて。運の悪さを呪う。


「急に声かけないでくださいよ」


 昨日の続きで強気に言い返したまではよかったけれど、振り向いて彼を見た途端に私は真っ赤になってしまった。なにしろ昨日の今日だ。ベッドで勘違いしたこと、両親が受諾の連絡を入れていることを考えると、まともに顔を見ることができない。


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