きみのための星になりたい。
塾に誘われた日から数日が経った金曜日の夕方。
「凪、持っていくものって、筆箱とノートだけでよかったよね?」
「うん。確か問題が書いてある冊子は、塾の先生が作ってくれたものを使うんでしょ?」
「そうそう、悠真がそう言ってた。……ってことは、これで準備オッケーと」
私とあかりは授業終わりの放課後の教室で、塾へ行く準備に取り組んでいた。といっても、持っていくものは筆箱とノートくらいだから、このまま学校終わりに塾へ寄る感じだ。
今日が初めての塾。高校受験の時には私もあかりも家庭教師を自宅へ呼んで勉強していたから、ふたりとも初めて通う塾に緊張しているみたい。
「じゃあ、そろそろ向かおうか」
「うん、そうだね」
そんなやりとりをして、私たちは教室を後にした。
塾へ向かう道中、「あかりちゃん」と一人の女の子があかりを呼び止める。どうやらその子は違う学科の生徒のようで、私は少しあかりたちを気にしながらもスマートフォンに目にやり、何でもないふりをする。
顔の広いあかりがこうしていろんな人から声をかけられることは、日常茶飯事。
自分から話を振ったり意見するのも苦手で、且つ人見知りであり、他人と深く付き合うことがあまり得意でない私は、今日みたいに一人の世界に閉じこもるか、その場で愛想笑いを浮かべているかのどちらかだ。
「凪、待たせてごめんね。行こうか」
スマートフォンを黙々と数分いじっていた間にあかりたちの話は終わったようで、申し訳なさそうに眉を下げるあかり。
彼女は私に迷惑をかけてしまったと思っているみたいだけれど、私は全然気にしていないし、むしろ私の方がいつも迷惑をかけてしまっている気がするから、私の方こそごめんねと言いたい気分。
「ううん、大丈夫だよ」
私はにこりと笑い、「ほら、行こう」と放ったあと、あかりの手を少しだけ引いて歩き始めた。
そして歩くこと五分。春の風はさらさらと爽やかで、そんなに汗をかくことなく塾へたどり着くことができた。
自動ドアをくぐり抜け塾に足を踏み入れると、受付のお姉さんがすぐに話かけてくれ、名前を告げた後はすぐに教室へと案内してくれる。
ここ数年に完成した塾ということもあってか、内装は白を基調としていて、とても綺麗だ。ここなら落ち着いて勉強できそうだと思った。
「それでは、この教室になります。もう少ししたら講師の方が来ると思いますので、お待ちください。席は自由なので、開いているところへ座っていただいたらいいですよ」
教室の前まで行き着いた時、案内をしてくれていたお姉さんがそう教えてくれる。そのあとはにこりと優しい笑みを浮かべ、元の持ち場へ戻っていった。
「それじゃあ、入ろっか」
あかりがそう言いながら、ガラガラッと教室の開き戸を開ける。そこにはもう何人かの生徒がいて、数えてみると、私たちをのぞいて五名。自分が想像していたよりも人数は少なそうで、これなら私も気軽に分からないところを先生に聞けそうだ。
「おお、あかり」
そんなことを考えていると、あかりの名前を呼ぶ男の人の声が耳に届いた。
「あ、悠真!」
あかりはその男の人の顔を見るなり、ぱあっと笑顔になり、その人の元へと小走りで駆け寄る。
この人が、あかりの幼なじみの悠真さんか。見た感じだと、とても明るくて良い人そうで、社交的なあかりと良く似た雰囲気を感じる。……それに、とても可愛らしい顔立ちをしていて、動物に例えるなら子犬といったところだろうか。
「あかりと、凪ちゃん、かな?」
「あ、はい」
悠真さんから突然話しかけられて、慌てて返事をする。人見知りの私は、貼り付けたような笑顔を懸命に作ってにこりと笑った。