きみのための星になりたい。
「……凪。この人、俺の母さん。で、こっちが妹の日菜。そして母さん、この子が、同じ塾に通っていて仲良くしてもらってる凪だよ」
柊斗の紹介を受けて、私は柊斗のお母さんと日菜ちゃんの方を見る。
柊斗のお母さんはどちらかといえば少し派手めな雰囲気だろうか。髪色も年代的には少し明るく、お化粧も綺麗にしている。とても美人な人だ。
妹さんの日菜ちゃんは、柊斗とよく似ていて、丸くて大きな目をしている。睫毛も長く鼻筋も通っていて、こちらも美少女という感じ。
「凪ちゃんね。柊斗ってば、あまりお友達のこと話さないから。今日は会えてよかったわ」
そう笑ってくれた顔はとても優しくて、頭を下げたお母さんに向かい合うようにして私もお辞儀をする。日菜ちゃんは、「こんばんは、日菜です」と簡単な挨拶をくれた後、緊張しているのかだんまりと黙り込んでしまった。
「……母さん、なんでここにいるんだよ」
「この駅の近くのショップに用事があったから、日菜の三者面談が終わった後、一緒に見にきたのよ。そしたらちょうどあなたの塾が終わる時間だってことに気付いたの。だから、一緒に帰ろうと思って」
柊斗とお母さんが目の前で話をしているのを見て、私もそろそろ帰ろうかと思い、柊斗に声をかけようと彼の顔を見上げた、その時。
私は、ハッと息をのむ。なぜだろう。胸が締め付けられるように、ドキドキと痛い。……だって。
柊斗があまりにも、苦しそうな顔をしているから。
眉間に寄るしわ、噛み締められた唇、行き場を無くしたように地面一点だけを見つめる視線。そして、何かに耐えるように僅かに震える指先。
私には分かった。柊斗が、酷くつらそうな表情を浮かべているということも。理由は分からないけれど、柊斗の心がどうしようもない気持ちでいっぱいだということも。
……ああ、そうだ。確かあの時もこうだった。
花火大会へ出かけた日、両親についての質問を投げかけたら、柊斗は表情を曇らせた。消え入りそうな声で、両親が離婚していることと、お母さんのことを少しだけ話してくれた。
そして何より、あの後の柊斗は、嘘のように作られた完璧な笑みを見せたんだ。
私はここで、あることに気がつく。
きっと柊斗は、過去にお母さんと何かがあったのかもしれない。あの柊斗の優しい瞳が、一瞬でこんなにも悲しみに囚われた目に変わってしまうほどの、大きな出来事が。
私がずっと柊斗のことを見つめていたのに気がついたのだろう。柊斗は私に目を向け、にこりと笑った。
「凪はもう帰っていいよ。俺も、母さんと日菜と帰るから。また来週、会おうね」
柊斗は馬鹿ではないから、何かに勘付いている私に気付いているはず。けれど向こうが何も言ってこないなら、私も知らないふりをするしかない。
「……うん、またね」
だから私はそれだけを言い残し、柊斗とそのお母さん、そして日菜ちゃんに小さくお辞儀をしてその場を後にした。
帰り道、夜空を見上げてぼんやりと考えるのは、さっきのこと。
私は柊斗のことが好きだから、少しでも柊斗の役に立ちたいと思う。柊斗に助けてもらったから、私も柊斗を救いたいと思う。
でも、柊斗がもし触れてほしくなかったら?何もしてほしくないと思っていたら?
私がここで出るのは自己満足な気がしてならない。
星空を眺めながら色々考えるけれど結局いい答えはひとつも出てこなくて、私は月明かりに照らされる道を歩きながら、ふうっとため息を吐いた。