きみのための星になりたい。
「……でも、その母さんの幸せは長くは続かなかった。それどころか、母さんも俺たちも、どんどん地獄に落ちていった」
一瞬波音を含めた全ての音が消えたように感じ、柊斗の言葉だけがストレートに耳に入ってくる。未だに雲に隠された太陽は姿を見せず、辺りを流れる潮風も夏の割には冷ややかで。目の前に広がる海面が、複雑な色を映したように思えた。
……一体、柊斗たち家族に何が起こったのか。
その続きが気になった私は、ただ生唾を飲み込み耳を済ませる。
「母さんが、その人に振られたんだ。これも母さんから直接は聞いていないけど、でも当時の俺でも分かってた。母さんの言動で、痛いほどに」
柊斗の唇から小さく発された言葉。
表情をあまり変えることなく話す柊斗だけれど、過去を振り返る度に、その瞳の奥が怪しく暗く、悲しみに満ち溢れたように変化していくのは気のせいなのだろうか。
そう思ったのも束の間、それがすぐに気のせいではなかったことに気付いた。そう、柊斗は、間違いなくこのことがきっかけで、寂しさや苦しみ、怒り、後悔……様々なものを抱え生きることになったんだ。
「ある日突然、母さんが変わった。俺が六年生の時だったと思う。……俺たちに、暴言を吐くようになった」
「暴言……?」
「そう。俺だけならまだいい。俺だけなら、よかったのに。母さんはまだ幼かった日菜にまでつらい言葉を浴びせ続けた」
突如告げられた真実に、思わず言葉を失った。けれどそれだけではない。柊斗の地獄の苦しみは、ここから何年も続くことになる。
「〝あなたたちがいる限り、私は幸せにはなれない〟〝柊斗も日菜も、母さんの幸せを邪魔するためにいるの?〟何度も何度も、俺たちが繰り返し言われ続けた言葉。極め付けは、〝あなたたちなんて、生まなければよかった〟って。これも、もう何度聞いたかな」
……数えるのも面倒くさいや、と言った柊斗は、潮風に吹かれながらやんわりと笑う。その横顔は、とても悲しそうに思えた。
自分の母に、生まなければよかったと言われる気持ちって、どんな感じなんだろう。
考えても考えても、その場を体験したことのない私には全く分からない。
けれど、ひとつだけ分かるのは、胸が張り裂けそうなほど痛いということ。……想像するだけでも心臓が尋常じゃなく苦しいのに。
「……正直、何回も考えたよね。俺は本当にいらない子なんじゃないか、生まれてきたのが間違いなんじゃないか、って」
「そんなこと、」
「そんなことないって、そう自分でも思いたかった。でもね、凪。違うんだよ。母さんから同じことを何度も言われると、自然とそう思うようになるんだ。母さんにとって俺はいらないんだ、ああそうだよなあって」
その悲痛な台詞の中に、私は先程抱いた疑問の答えを見つけた。