あなたに捧ぐ潮風のうた
その時、呉葉が遠慮がちに口を挟んできた。
「姫様、一度着てみませぬか」
「え?」
孝子は呉葉の意外な提案に目を丸くした。
「そちらの十二単、姫様は着てみたいのでは?」
その言葉に、小宰相は驚くよりも先に笑ってしまいそうになった。
亡き母の代わりに孝子を育ててくれた呉葉には、孝子の気持ちはお見通しというわけだ。女房装束を一目見たときから、早く着たくて堪らなかったのだ。
孝子は、父憲方の表情を窺うように見る。
着てみたいのはやまやまなのだが、果たして着ても良いものなのだろうか。
このような特別な着物は、出仕のその日に、袖に腕を通すのが良いだろうと孝子は考えていた。
孝子が父に我儘を唱えたことはほぼない。
孝子の視線を目敏く感じたのか、父は娘をしばしの間見つめると、「好きにするが良い」と言って足早に部屋を去った。