あなたに捧ぐ潮風のうた

 基房はたいそう有能な関白であったが、その昔、とある事件で清盛に痛めつけられたことがある。

 「殿下乗合」と呼ばれる事件である。

 ある年、維盛の弟である資盛(すけもり)が馬に乗って道を進んでいたときのことだ。偶然にも資盛は基房の一行とすれ違った。

 本来ならば、身分が上の者とすれ違うときには下馬をしなくてはならない。

 だが、資盛は平家であることの傲りか、あるいは、礼儀を弁えない若者であった故か、下馬せずにそのまますれ違おうとした。

 そこで、無礼だと怒った基房の部下は資盛を馬から引きずり下ろすと、基房の前に跪かせて謝罪をさせたのである。

 それを耳にした清盛はいきり立ち、基房に数人の部下を差し向けた。

 しかし、孫を貶め恥をかかせたとはいえ、身分ある基房に直接的な乱暴を働くことは躊躇われたのだろう。

 清盛の部下は、基房本人ではなく、彼の側近たちの髪の毛を切り落としてしまった。

 清盛が愉快げに高笑いする様は、想像するに難くない。部下の無残で哀れな姿を見た基房は、さぞ清盛を恨んだだろう。

「無礼を働いただけでなく、平家の名を汚した。お前の不適切な行為がこれを招いたのだ」

 事態を重く見た重盛は、そのように厳しく息子である資盛を叱ると、彼をしばらく伊勢に謹慎させた。
< 138 / 265 >

この作品をシェア

pagetop