あなたに捧ぐ潮風のうた
その時だ。
緊張が張り詰めたその場にどこからともなく何者かが表れる。
背後にいる教経が息を呑んだのが分かった。
通盛も無言だったが、本当は心臓が飛び出るほどに驚いていた。
「入道様」
清盛の足元に跪いた人物から発せられた声は、まだ声変わりのしていない、若い少年のものと思われる。
ともすれば、菊王丸とさほど変わらないかもしれない。
「何だ」
「法皇様からの使いである静憲法印が表に参っていますが、如何致しますか」
「何だと、静憲が?」
清盛の握る刀が小刻みに振動する。
それはまるで、彼の怒りと刀が共鳴する悲しい叫びのようにも聞こえた。
「追い返せ! 何を今更……! 許しを請うたとて、わしはこの忘恩を許さぬ。平家がどれだけ朝廷に尽くしたか忘れたか忘れた訳ではあるまい……!」
怒りにうち震える清盛は、激情を持て余したように柄を握り締めて天を仰ぎ見る。
「承知」
すっと糸で引かれたように立ち上がり、再び音もなく去っていく少年。
恐らくは清盛の従者の一人だろう彼が、こちらに眼を向けることは、ついに最後まで無かった。