あなたに捧ぐ潮風のうた
「あれは何者なのですか」
重たい空気を全く気にしない教経は、姿を消した少年に興味を持ったようで、怒りに震える清盛にも物怖じせずに尋ねる。
「……わしの小間使いだ。無駄口をきかず、たいそう頭が良い。あの通り、見た目に見合わぬ腕利きだ。下手な武士よりも使える」
通盛は少年の無駄の無い身のこなしを思い出し、渋面になる。
清盛は、恐ろしいが飼い主には忠実な犬を飼っているらしい。
だが、同じ兄弟でも通盛とは気質が違う教経は、いつもの無表情が少しばかり輝いている気がした。
「なんと、それは素晴らしい。ぜひ、手合わせ願いたいものです」
「止めておけ、止めておけ」
憤慨していた先程とは一転、心底愉快そうに笑う清盛に、教経は「何故です。容易に負けたりは致しませぬぞ」とむっとしたように言う。
「おぬしの実力を疑っている訳ではない。ただ、あやつと戦ったとして、何一つ面白味が無い」
清盛は笑みを消し、真顔で言い放つ。
教経は眉間に縦皺を寄せて彼を見返した。
「それは、如何なる──」
意味が分からないという顔をした教経が、更に清盛に追及したところで、屋敷の表がにわかに騒がしくなる。