あなたに捧ぐ潮風のうた
「静憲、よく聞くがよい。平家は猟犬と蔑まれようとも朝廷に尽くしてきた。……その仕打ちがこれか。……ならば結構。因果応報必ず良くないことが起こるであろう」
「……」
「先程わしが問うた除目について納得のいく理由をまだ聞いておらぬな。明日までに答えを持って参れ。さもなくば平家が守り神、厳島大明神の怒りを買うことになるであろう」
静かにいう清盛に、静憲は僅かに目を見開いて息を呑む。
これまでも、平家を栄華に導いてきたとされる厳島大明神。
その怒りに触れると聞けば、静憲も恐ろしいに違いない。
しかし、静憲は動揺した態度を現さず、ゆっくりと頷いて後ずさるようにしながら後ろに下がり、一礼をして踵を返した。
清盛の無言の命令を受けた妙蓮は、静憲を見送るために、彼の後を追従する。
「……肝の据わった方ですね」
背後にいる教経の感心したような言葉に、通盛は「全くだ」と何度も頷いて肩の力を抜いた。
想像に過ぎないが、清盛は静憲を本気で斬るつもりだったのだ。
(叔父上は脅しをしなさるようなお方ではない……。刀を抜くときは本気で斬るとき……)
刀を静憲の首に叩き込む寸前で、後白河法皇の側近だと思い出して手を引いたのか。
「父上、わたしは寿命が三年は縮まりましたぞ……」
珍しくも宗盛が脱力している。
「しかしながら、静憲法印は法皇様に伝えるでしょう。さすれば、我らの思いも伝わるはずです」
静憲の背中を睨んでいた清盛は、宗盛の言葉には反応せず、刀を鞘に納めると、すぐに屋敷の中に入っていった。