あなたに捧ぐ潮風のうた
二人は母子くらいに年齢が離れており、呉葉は孝子を自身の乳で育て上げた。
何よりも強固に結ばれた二人の絆は、さながら本物の親子のようだ、としばしば言われるほどだ。
「せっかく素晴らしい着物を頂いたのだから、父上様にもお見せしなくては」
呉葉は孝子の言葉に頷き、外に控えている侍女に「御簾を上げなさい」と命令すると、侍女は少しずつ、静かに御簾を上げた。
母屋から出て先程の部屋に戻ると、廊下の中ほどに佇んで秋の気配漂う庭を眺めている父の背中が見えた。
「父上様」と声を弾ませると、父はおもむろに振り返った。
彼は眩しい笑みを浮かべる女房装束の孝子を無言で見つめていたが、その表情はにわかに驚愕したものに変わる。
(どうしたのかしら……)
弾んだ心が途端に萎んでしまう。
疑問に思った孝子が「似合いませぬか」と父に尋ねた。
父ははっとしたように首を横に振った。
普段、父は表情が顔にあまり表れる方ではない。
……いや、父が無表情なのではなく、孝子との関わりが薄く、接する機会が少なかったからだろう。
父の驚いた顔は今までほとんど見たことが無かったため、孝子は強い疑問と不安を感じていた。