あなたに捧ぐ潮風のうた
「……いいえ。どうぞ、こちらに」
小宰相はおずおずと自分が座っていた隣の場所に目をやった。
(今から上西門院様の元に戻っても気まずいだけだもの。通盛様と此処にいた方がまだ気持ちとしては楽だわ。それに……一度は通盛様とお話しなければならないと思っていたところだから仕方ないのよ)
頭の中で自分自身にあれやこれやと言い訳をしていると、通盛は小宰相の隣に腰を下ろした。
ふんわりと優しい香の匂いが漂い、小宰相の鼻孔を擽ぐる。
「小宰相殿、私は何か貴女を怒らせることをしただろうか」
通盛はまず小宰相にそう尋ねた。
そう問われて、小宰相は先程人前で貴方に名前を呼ばれて恥ずかしい思いをしたのだと伝えようとしたが、ふと考えてみると、ただ単に名前を呼ばれただけなのに、何故自分は怒ったのだろうか、恥ずかしいと思ったのだろうか。
理由が自分でもよく分からなかった。
あの場面で他の人に呼ばれても恥ずかしいとは思わなかっただろう。
小宰相は首を振って「怒ってなどおりません。少し驚いただけです」と返答すると、通盛は安心したように肩の力を抜いた。