あなたに捧ぐ潮風のうた
彼の穏やかさや優しさといったものを感じて好ましく思うと同時に、彼が「あの」平家一門であるという事実は、いつまでも棘となって小宰相の心に刺さり、抜けることはなかった。
平家は先の政変で反平家派の者たちを数多く外官、配流し、所領を奪った。
そして、後白河院を鳥羽殿に幽閉し、限られた側近を除いて誰とも会うことを許していない。
そのため、小宰相の主人である上西門院も日々心を痛めている。
朝廷における力関係を見るに、平家と婚姻関係を結ぶことが望ましいのは明らかであるが、平家に対する反感の多さもまた無視できない。
そう思ってあまりに身構えていたせいだろうか。
実際に間近で見た通盛の屈託ない笑みは、小宰相の凝り固まった心を少しずつ解きほぐしていった。
平家である彼と平家ではない彼。
それぞれ知ってみたいと思った。
それからというもの、彼から送られてくる他愛もない手紙に対して、ひっそりと誰にも知られないように、少しずつ返事をするようになった。
そして、いつしか彼を思う時間が増え、彼の手紙を心待ちにする自分、恋しく思う自分、会いたいと思う自分がいることに気付いた。
彼が自分に向けていた瞳を思い返す度に、「彼は平家だ」と自制する思いと、その自制心すら軽々と吹き飛ばしてしまうほどの「もう一度会いたい」という思いが一緒になってこみ上げてくるのだった。