あなたに捧ぐ潮風のうた
弟だけに家臣の前で良い格好をさせていられないと思った通盛は、庭に降りた。
教経は色々と察したらしく、無言で通盛に弓と矢筒を手渡した。
それらを受け取ると、矢を番えて、狙いを定めて射た。矢は菊王丸のために設けられた的を通り過ぎ、更に遠くに置かれた的を正確に射抜く。
どうだ、という気持ちで二人を振り返ると、菊王丸は目を輝かせて「素晴らしいです、通盛様」と主人を褒め称えたが、教経は「張り合わないでください」と冷たい目をした。
この歳になればほとんど無条件に褒められることなどないのだから、たまには兄、主人とはいえ、立場を忘れて張り合いたくなるときもある。
教経も弓矢を渡しておきながら、兄に対して随分な言い草である。
「ああ寒い」
通盛は態とらしく身体を震わせると、教経に弓矢を押し付けて家の中に戻った。