あなたに捧ぐ潮風のうた
六の巻 反乱


 治承四年三月の暮れの事。

 通盛は小宰相から受け取った手紙を読んでいた。

 文のやりとりが始まって数月、彼女は少しずつ自身のことを語るようになっていた。秘密のやりとりといっても他愛もない会話だった。それでも彼女が好奇心旺盛で色々なことを興味を持って知りたがっているのは伝わってきていた。

 ……いつしか、彼女は通盛についても興味を持っていて、尋ねてくることが多くなっていた。

 今回の彼女の手紙はいつもより長かった。彼女の父親が病気に罹り、継室の家族が住まう屋敷で療養しているらしかった。父親を心配している気持ちとともに、父が居なくなってしまえば自分は本当に一人になってしまうのではないかと不安がる彼女の気持ちが微かに読み取れ、通盛は息を吐いた。「私を頼れ」と言ってしまいたい気持ちになるのは、彼女の弱り目に付け入る己の卑怯な心の表れであろうか。

 通盛が筆を取ろうとしたとき、「兄上」と弟の教経の声が部屋の入口から通盛を呼んだ。

 何用だ、と問うと、教経は片膝をついて「宗盛殿より急ぎの伝令を申し上げます」と頭を下げた。

「『園城寺、延暦寺ならびに興福寺の大衆らが結び、後白河院・高倉院の御身を奪取する計画があるとのこと。通盛と教経は直ちに鳥羽殿のところに参り、御所の警備にあたるように』との指示です。宗盛殿が法皇様より直接お聞きになって露見したらしく、宗盛殿は現在福原におられる叔父上の指示を仰いでおられるようです」

 その言葉に通盛は頭を押えてため息を吐いた。

「……何という計画を立てるのだ……」

 嘆いていても仕方がない。驚くことは後でもできると通盛は首を振り、「よし、参るぞ」と自分に与えられた仕事を迅速に遂行すべく立ち上がった。

 控えていた菊王丸に武器や装具、馬を用意するように告げ、教経には直ぐに郎党を屋敷の表に集めるようにと告げる。彼らは指示を受けると直ぐにその場を去っていった。

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