あなたに捧ぐ潮風のうた


 父の足音が聞こえなくなった後、孝子はため息と共に肩を落とし、女房装束の袖を掴んで唇をぐっと噛み締めた。

「父上様は、わたくしと母上様が似ていることがお気に障ったのかしら……」

 やはり、再婚した父は亡き妻との思い出を捨て去りたいのだろうか。

 呉葉によると、かつての父は母を心から愛していたというが、孝子には分からない。

 愛する存在を亡くしたとき、人は何を感じ、何を思うのか。そして、その忘れ形見に何を見るのか。

 父は過去から脱却し、新たな人生を歩むことを選択した。

 それは、彼の立場を慮るならば、誰からも責められる理由はない。

 もし、孝子が父の立場であったなら、父と同じく地位と一族郎党のために再び貴族との婚姻を結ぶのだろう。

 孝子らは藤原家とはいえ一介の貴族に過ぎず、何もしなければ、傍流から傍流が生まれ、権力は衰えていく一方だ。

 黙っていても金が入る上流の貴族とは異なり、中流貴族には中流貴族の責任がある。仕える者たちを養わねばならない。

 与えられた荘園や土地を管理し、生まれた富で人々を食べさせる方法を考える。それが後世への責任というものだ。

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